日本国ではここのところ、新しい法律の施行だけでなく、既存の法の改定もまた しばしば行なわれている。 つい先日には、道路交通法に、路上での放置車両についての使用者責任が拡充されるという改正が加えられ、施行された。 つまりは路上駐車厳罰という改正なのだが、その法改正と同法の施行に伴い、S宿の屋外駐車場は満杯だった。 グラード財団所有のパソコンが盗まれた問題の屋外駐車場は、収容可能車両300台、それなりの規模があり、人の出入りも車の出入りも頻繁そうな公営の駐車場だった。 一度犯罪を犯した場所に犯罪者がいつまでもいるものかと一般人は思うものだが、そういう常識的判断ができる人間は、犯罪に手を染めたりはしないものである。 今回の車上荒らしは未成年ばかりで構成されたチームで行なわれているらしく、捕まらないことに味をしめた馬鹿者たちは、同じ駐車場で さもしい犯罪を繰り返しているという話だった。 問題の駐車場の最後のスペースに車を停めた氷河は、車から降りて辺りを見回すと、長い吐息を洩らすことになった。 都心の一等地を贅沢に使った駐車場はかなりの面積があり、周囲に設置されている監視カメラは死角だらけ、その上、駐車場自体が広い公園の真ん中にあるとあって、迂回を嫌う者たちが平気で車と車の間を突っ切っての移動を行なっている。 道路交通法の改定を受けてできた急ごしらえの駐車場なのだから警備体制の不備は致し方ないだろうが、これでは通りすがりの人間と駐車場利用者の区別すらできない。 まして、犯罪者と善良な一般市民の区別は100パーセント不可能だった。 「このへんなの? 車上荒らしがあったところって」 氷河に遅れて車を降りた瞬の視界に最初に飛び込んできたのは、駐車場を取り囲む公園の一角にたむろしている、10代後半とおぼしき十数人の青少年たちの姿だった。 人間の表情やその表情に伴って現れる感情・雰囲気を感じ取る能力を持たない監視カメラは警報も鳴らさないだろうが、主観と判断力を持ち、沙織からそれなりの事前情報を得ていた瞬の目には、彼等は実に怪しげな集団として映った。 いかにも心身に緊張を欠き、それでいながら目付きだけが異様に鋭い――反抗的に ぎらついている。 いったいどういう教育と躾を受ければ、こういう奇妙な雰囲気を持った人間ができるのかと、瞬は訝ったのである。 「なんだか、みんな目付きが悪いね……。氷河ほどじゃないけど」 「どういう意味だ」 その奇矯な雰囲気を身にまとった青少年たちが、この場には他に車も人も大勢いるというのに、どういうわけか揃って氷河と瞬に不躾な視線を投げてくるのだ。 おかげで、瞬は、異様な心地悪さを感じることになった。 「車上荒らしを働いているのは、多分あいつらだろうな。――が、実際に盗みを働くか、せめて俺たちに絡むくらいのことをしてくれないと、俺たちは奴等に手を出せない。あいにく、俺たちには職務質問できる権利もないし」 「職務質問されたりしたら困るのは氷河の方でしょ。無免許で車を運転してきたんだから」 「それは先月までの話だ。ロシアで取得してきた国際運転免許証を、先月 日本の免許に切り替えた」 車上荒らしのいる駐車場に自然に入り込むには車で行くしかないと言われ、瞬は不承不承 氷河が(無免許)運転する車に同乗してきたのである――そのつもりだった。 それが実は合法的な運転だったことを、遅ればせながらに知らされた瞬は、氷河が自分の目の前で得意げにひらつかせる運転免許証に、素直に感嘆した。 「わ、カッコいい!」 「これから毎日でもドライブに連れていってやるぞ」 「ほんと? ありがとう、氷河!」 とか何とか、自分たちに課せられた使命を忘れたようにのどかな話に流れかけた氷河と瞬に、緊張感というものを取り戻させてくれたのは、例の青少年たちだった。 氷河と瞬が合法的運転話に盛り上がっている間も、彼等の視線は二人のアテナの聖闘士の上に据えられたまま、そこから他の場所に移動しようとしなかったのである。 「どうして、あんなにじろじろ僕たちを見るの。僕たちが車上荒らし退治に来たことを、彼等が知ってるはずもないし――氷河が目立ってるせいかな?」 瞬のその言葉に、氷河が微妙に顔を歪ませる。 瞬は、氷河のその僅かな表情の変化を見てとって、首をかしげた。 「氷河?」 「あ、いや。さあ、なぜだろうな。あまり気にするな」 「うん……」 目付きがどれほど悪くても、とにかく彼等が何かしてくれないことには、善良な一般市民であるところの氷河と瞬には いかなる行動を起こすこともできない。 二人は、とりあえず駐車場を出て、怪しげな十数人の青少年たちの動向を監視をすべく公園の方へ移動することにしたのである。 |