晴天の土曜日の午後ということもあって、公園はたくさんのカップルや家族連れで賑わっていた。
どうやらこの公園は、家族連れとカップルの住み分けができている自治的な公園らしく、氷河と瞬は自分たちの居場所に迷って、しばし園内を散策することになってしまったのである。
問題の青少年たちは、家族連れエリアとカップルエリアのちょうど中間地点で、何をするでもなく、いかにも無目的な様子で立ち上がったり地べたに座ったりを繰り返していた。

ところで、この公園は、無料で一般市民に開放されている憩いの場というべき代物だった。
当然のことながら、そこにいるカップルは皆 瞬たちと同じ善良な市民のはずである。
だというのに、どう考えても犯罪者ではないはずの彼等までが、例の不審な青少年たち同様、やたらと自分たちの方に視線を投げてくることに、まもなく瞬は気付いた。
しかも、その視線があまり好意的なものに感じられない。
悪意があるようにも感じられないのだが、彼等の視線はそのいずれもが、まるで瞬たちの何かを探っているような視線だったのだ。
場合が場合でなかったなら、自分たちが注目を浴びるのは 氷河が目立っているからなのだと納得してしまうところだったのだが、今日はなにしろ ここにやってきた目的が目的である。
もしかしたら、ここにいるカップルは皆、実は車上荒らしを捕まえにやってきている私服の刑事たちなのではないかとすら、瞬は思ったのである。

が、瞬はまもなく、そんなありえない妄想を払拭してくれるものを園内に発見し、他人の視線もその視線に感じる居心地の悪さも、即座に忘れてしまうことになった。
「あ、あそこにクレープ屋さんが来てる!」
瞬が発見したものは、車全体をアンドロメダ座の聖衣顔負けのピンク色に塗りたくった一台の小型トラック――いわゆる移動クレープ屋というものだった。
歓声をあげるなり駆け出し、クレープ屋のメニューに釘付けになった瞬に、数歩遅れてその場にやってきた氷河が呆れた顔になる。
「瞬。おまえ、俺たちがここに何をしに来ているのかわかってるのか」
「僕、バナナチョコカスタードのアイスクレープがいい。アーモンドもトッピングしてもらって」
「……」

瞬は、アテナと違って、それを命令と認識していない。
しかし、少なくとも氷河にとって、その手の瞬の言葉は絶対に服従しなければならない命令だった。
結局、氷河はそのピンクのトラックの持ち主から、瞬の注文通りのものを購入する羽目になってしまったのである。
例の怪しげな青少年たちの険悪な視線は、相変わらずアテナの聖闘士たちの上に据えられていた。
が、バナナチョコカスタードのアイスクレープ・アーモンドのトッピング付きで、アテナの命令も青少年たちの存在も忘れてしまったらしい瞬は、よりにもよって青少年たちの目と鼻の先にあるベンチに腰をおろし、その顔に満面の笑みを浮かべつつ、氷河の買ってきたものを嬉しそうに食し始めてしまったのである。

「おいし〜」
繊細と無神経もしくは神経の太さは両立すると、こういう時の瞬を見るたびに氷河は実感する。
もちろん瞬は気配りの人間でもあるので、自分だけがクレープを食している不自然にすぐに気付き、不思議そうな顔をして氷河に尋ねてきた。
「氷河は食べないの?」
「そんな甘いもの、一口食っただけで胸焼けがしそうだ」
「そんなことないよ、おいしいよ」
言うなり、瞬が、氷河の目の前に、自分が食べていたものを差し出す。
その物体は、もちろん、たった今まで瞬の唇と真珠のような歯とが触れていたもの――だった。

「……」
世の恋人同士の間には、しばしば こういうシチュエーションがあるらしいことは、氷河とて噂に聞いて知っていたのである。
しかし、こんな感動的な場面に、まさか自分が、しかも今日、直面することになろうとは氷河は想像だにしていなかった。
「ねっ、おいしいでしょ」
瞬の差し出してきたものに、万感の思いを込めてぱくりとかじりついてみた氷河に、瞬が確認を入れてくる。
「あ……ああ」
味など全くわからなかったが、それは確かに美味だった。
氷河は感動に打ち震えながら、瞬に頷き返したのである。
こんなうまいきび団子付きなら、車上荒らし退治もそう悪くない仕事だと、瞬の笑顔を見て、氷河はしみじみ思った。

ところで、クレープの甘さに舌鼓を打ちつつ、それでも瞬は、自らに課せられた使命を完全に忘れたわけではなかった。
つまり、瞬は、あの怪しげな青少年たちがたむろする場所の真正面にあるベンチから移動することをしなかった。
移動する必要もなかったのである。
瞬が場所を変えなくても、カップルや親子連れが多く集まるこの公園には、瞬の欲求を満たしてくれるものが次から次へとやってきてくれたのだ。
移動クレープ屋、移動アイスクリーム屋、移動サンドウィッチ屋、移動フレッシュジュース屋、果ては季節はずれの焼き芋屋まで、それらの移動販売車はローテーションを組んでいるのか、まさに入れ替わり立ち替わり状態で、瞬の許にやってきてくれた。
怪しい目付きの青少年たちの目の前で、もちろん瞬はそれらのものを片端から平らげていったのである。

やがて、結局何も起こらないまま迎えた土曜の夕暮れ。
瞬は至極満足したていで、やっとベンチから立ち上がった。
「あー、おいしかった。たまには外でおやつ食べるのも楽しいね!」
「ああ、そうだな」
氷河としては、そう答えるしかなかったのである。
氷河自身、今日という日が楽しかったのは疑いようのない事実だったから。
もっとも、上機嫌の瞬を伴って城戸邸に帰宅した氷河を出迎えたものは、安達が原の鬼女のごとくに眉を吊りあげた女神アテナの、燃えるような怒りの眼差しだったのだが。






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