聖闘士が本気を出して走れば、その移動速度はへたな車より速い。 瞬は、あっという間に、昨日アテナの聖闘士に山ほどのおやつを提供してくれた公園に到着した。 到着したはいいのだが、到着するなり瞬は、そこで信じ難い光景を見ることになってしまったのである。 今日も晴天である。 太陽は東の地平と中天のほぼ中央にあり、そろそろ休日を楽しむために人々が集ってくる時刻。 だというのに、瞬がその公園にやってきた時、そこには人の姿が全くなかった。 昨日瞬が氷河と各種おやつに舌鼓を打っていたベンチの周囲で繰り広げられている乱闘のすさまじさに恐れをなして、善良な一般市民は皆、園内家族エリアの方に避難をしていたのである。 もとい、それは乱闘というものではなかった。 一方的な暴行、それも一人の人間に対する集団暴行だった。 つまり、氷河が、昨日の10数人の青少年たちに よってたかって殴りつけられ、蹴りつけられていた――のだ。 多勢に無勢の無体と、氷河の正体を知らない者なら思ったことだろう。 しかし、瞬は、その気になれば指先一本で瞬時に100人の人間の自由を奪うこともできる氷河の力を知っていた。 その氷河が、抵抗らしい抵抗もせず、非力な一般人に殴られるまま蹴られるままでいるのである。 全く逆の事態を想像し心配していただけに、その現場を見た瞬の驚きは尋常のものではなかった。 「氷河っ!」 「瞬……?」 瞬の声に気付いた氷河が、地に倒れ伏すことも許されずに俯かせていた顔をあげる。 その唇の端が切れ血が伝っている様が、瞬の背筋を凍りつかせた。 いくら一般人が相手だからと言って、氷河がここまで我慢する必要があるのだろうか。 強い者は、その強さゆえに、弱い者の暴力に耐えなければならないというのだろうか。 だとしたら、人間は、強くあるより 弱く非力な存在でいる方が有利だということになる。 そんな理不尽があっていいものか。 瞬は思わず泣き叫びたい衝動にかられてしまったのである。 「おい、色男。もうダウンか? 情けねーなー」 小学生程度のモラルも、人類としての思い遣りも、そもそも哺乳類レベルの感情をすら理解できていないとしか思えない 一見高校生らしい少年が、瞬の姿を認めたせいなのか、わざとらしく大きな動作で氷河の肩をこれみよがしに蹴飛ばす。 「氷河っ!」 「いくら顔がよくても、こんな弱っちい男と付き合ってると、この先苦労することになるぞ」 瞬が氷河の側に駆け寄ろうとするのを、彼は訳のわからないことをわめきながら、妨げようとした。 その手が、瞬の肩に触れかける。 しかし、瞬は、こんな卑劣かつ非人道的なことをしてのける動物に、たとえ一瞬でも、たとえ指1本でも、我が身に触れてほしくなかったのである。 「よくも、氷河を――」 瞬は、後方に2メートルほど跳躍することで、卑劣な青少年との接触を回避した。 そして、瞬のありえないほどの身軽さに瞳を見開いた動物を、眉を吊り上げ睨みつけた。 「僕を本気で怒らせたら どうなるか……」 「へ?」 「ネビュラ・ストーーーーーム!」 「瞬、ばか、やめろっ!」 氷河の制止は遅かった。 「うわあぁぁぁぁ〜 !! 」 平和でのどかな公園の真ん中に突如発生した竜巻に巻き込まれた10数人の青少年の雄叫びが、周辺一帯に木霊する。 公園での騒ぎを警察に通報した一般市民がいたらしく、ちょうどそこに押っ取り刀で5、6人の警官たちが駆けつけてきた。 彼等は、通報現場で、全く不自然な小型の竜巻の中できりもみ状態の10数人の青少年と、汚れ破けたYシャツを身に着けた金髪の男と、その金髪男に取りすがって泣いている唯一無傷な少年の姿とを発見することになったのだった。 |