加減を知っている(はずの)瞬の暴走行為が過剰防衛として咎められずに済んだのは、氷河が壮絶な暴行を受けていたことを証言する善良な一般市民が多数いたこと、問題の青少年たちがもともと警察に窃盗集団の疑いをかけられていたこと、何より普通の人間は人為的に嵐を起こしたりできないという一般常識のためだった。 氷河への暴行傷害の現行犯として警察に収容された半死半生の青少年たちは、自分たちを襲った超常現象に混乱を極め、警官の事情聴取に対して黙秘権を行使すればいいようなことまで べらべらと白状してしまったらしい。 彼等の証言に基づいて、車上荒らしの盗難物が隠されているという貸し倉庫に捜査官が急行し、ここ2週間ほどの間に盗まれたものがそっくりそのままその場に保管されていることが確認された。 警察は、ここ数ヶ月間に頻発していた車上荒らし被害の書類が一度に片付くことになったことに万々歳で、不可思議な竜巻の発生原因など追究する気にもならなかったらしい。 シリアルナンバーの照合によって、グラード財団所有のパソコンが外部に流れていっていなかったことが確かめられると、氷河は、検査と入院を勧める担当者に対して、 「あの馬鹿野郎たちの俺への暴行の件は不問にしておいてくれ」 と告げて、瞬と共に警察の建物を出た。 パソコンの確認を待っていたために、二人がS宿警察署を出たのは、ほぼ夕暮れ。 日はまだ完全に暮れてはいなかったが、そろそろ通りの街灯に灯がともり始めた頃だった。 「もしかして氷河、彼等を別件で捕まえるために、わざとやられてたの?」 氷河の綺麗な横顔に残る擦過傷や裂傷が痛々しくて、瞬はまともに彼の顔を見ることができなかった。 公園内の駐車場に向かう道すがら、だから、瞬は、瞼を伏せたままで氷河に尋ねたのである。 もちろん、氷河が一般人相手に手加減できるかどうかを心配してやってきた自分の方が 加減を忘れてしまったことは反省していたのだが、彼等の集団暴行の件をなかったことにしたいという氷河の言葉に、瞬は割り切れない思いを抱いていたのだ。 「もしそうだとしても、あそこまでやられっぱなしでいることはないでしょう。一般人だって、氷河が全くの無抵抗でいたら、氷河の骨の1本や2本を折るくらいのことはできるんだから。彼等が氷河にしたことは立派な犯罪なんだから」 「それはまあ、そうなんだが……」 「彼等は窃盗罪の他に、氷河への傷害罪の罰だって、ちゃんと受けるべきなんだ」 いつになく怒りの気持ちが持続しているらしい瞬の様子に、氷河が少々困ったような顔を見せる。 公園駐車場の入り口で足を止めた氷河は、その瞳にまだ悔し涙を残している瞬に、薄い苦笑を投げてきた。 「あのな、あいつらが俺に殴りかかってきたのは、奴等が俺に嫉妬していたからなんだ」 「嫉妬?」 「昨日、俺が世にもまれなる美少女と 奴等の目の前で散々いちゃついてみせたのが癪に障って仕方がなかったらしい。そこにまた、俺がのこのこと一人で現れたもんだから、奴等、ムカつきが抑えられなくなったんだな」 いったい氷河は何を言っているのだろうと、当然のことながら瞬は訝った。 そもそも“世にもまれなる美少女”とはいったい誰のことなのか、と。 「奴等、『少しばかり顔がいいと思って思いあがるんじゃねー』だの『ホンモノの金髪がどれほどのもんだってんだ』だのと、阿呆なことを言いながら、いきなり殴りかかってきたんだ。哀れをもよおして、反撃する気にならなかった」 「……」 「ああいう犯罪に手を染める奴等は、やはり切れやすくできているんだな。善良な市民たちは、隣りに自分の彼女がいることを忘れて、おまえに見とれて俺を羨むレベルから先に進まなかったのに」 そこまで言われて、瞬はやっと、今回の事件の顛末を理解することになったのである。 不届き千万なあの青少年たちに、自分が少女だと思われていたこと。 彼等だけでなく、昨日瞬が私服刑事の群れなのではないかと疑ったカップルたちの奇妙な視線も、その半分は氷河に向けられていたのかもしれないが、残りの半分は氷河の連れの“少女”に向けられていたのだということ。 何より、氷河は、アテナの命令を遂行するために、屈辱に耐えつつ 非力で愚かな青少年たちの暴行を受けていたのではなかったのだということを。 「おまえ、もう少し遅く来てくれてもよかったのに。あの馬鹿共に殴られている間、俺がどれだけいい気分でいたか、おまえにはわからんだろう。得意の絶頂というのは、ああいう気分を言うんだ」 「そ……そんなの、わかりたくありませんっ! 相手は犯罪者だよっ」 「確かに犯罪者だし、かなりの馬鹿だが、正直でいい奴等だったぞ」 氷河は本気でそう思っているらしい。 その身を心配し、氷河の忍耐に感動の涙を流しさえしたあとだけに、事実を知らされた瞬の怒りは半端なものでは済まなかった。 「ぼ……僕が侮辱されたんだから、仲間なら腹を立てるくらいのことをしてくれてもいいでしょう!」 「侮辱?」 「それって、つまり、僕が女の子だと思われてたってことでしょ! こんな侮辱ってある?」 『その顔で、にこにこしながら嬉しそうにクレープを食べ、その上、あれも食べたいこれも食べたいと連れの男にねだり甘えていたら、奴等の目におまえが女の子に見えても、それは仕様のないことだろう』とは、氷河は言わなかった。 代わりに彼は、 「侮辱……侮辱、ねえ。ははは」 と軽く笑うにとどめたのである。 他ならぬ瞬の名誉のために 氷河はそうしたのだが、瞬にはそれこそが この上ない侮辱に感じられたらしい。 「その笑いはどういう意味っ !? 」 瞬の剣幕に出合って、氷河は慌てて笑いを引っ込めた。 |