「もう、氷河ってば訳わかんない! 死ぬほど心配したのに、僕を馬鹿にしてっ!」 問題のパソコンは、その日の夜のうちに無事に財団へと返却された。 沙織は財団本部から上機嫌で、 「来月から、あなたたちのおやつ代を倍にするわ」 と城戸邸の青銅聖闘士たちに連絡を入れてきた。 その知らせを最も喜んだのは、今回何も働いていない星矢だったのだが、それはそれとして。 瞬は、信頼していた仲間から受けた はなはだしい侮辱に、烈火のごとくに怒っていた。 何より、氷河が、例の青少年たちの誤解を解こうともしなかった事実が、瞬の怒りを増大させていたのである。 「氷河は感情の表現が屈折しまくっている男だからな。まあ、おまえの彼氏と思われたのが嬉しくてならなかったんだろう」 氷河の負った怪我に対する同情心はなかったが、事件解決のために自分自身は何もしていないことに少々負い目を感じていた紫龍が、氷河の肩を持つようなことを言う。 とはいえ、それが氷河を弁護するための発言だということは、瞬には全く通じていなかった。 「? どういう意味?」 「どういう意味――って……。おまえ、ほんとに気付いてねーの? 氷河の目には、おまえが女神サマより綺麗に見えてるんだぜ」 「?」 それでも首をかしげるばかりの瞬に、星矢は焦れたような顔になった。 が、瞬としては、“ほんとに気付”きようもなかったのである。 なにしろ瞬は、自分を男だと思い、氷河もそうだと思っていたのだから。 「星矢、そういう言い方では通じない」 星矢の苦境(?)を見兼ねた紫龍が、横から口を挟んでくる。 彼は、一度大きく深呼吸をしてから、瞬にも通じるはずのその言葉を吐き出した。 すなわち、 「氷河の目には、おまえがマーマより綺麗に見えているんだ」 という言葉を。 「……えええええええっ !? 」 1分30秒に及ぶ長い沈黙のあと、瞬がおもむろに驚愕し、その頬を真っ赤に染める。 20年前のギャグマンガのような瞬の反応に、星矢は遠慮なく両の肩をすくめることをしたのである。 「これで通じるんだから、氷河って、得な男なのか、情けねー男なのか、よくわかんねー奴だよな」 「あああああの、しししし紫龍、そそそそそれって、どどどどどういう意味!」 「わかりきったことを聞くな」 それ以上の詳しい説明は、氷河ならぬ身の紫龍には、求められても提供できない。 幸い、その場には、まもなく、瞬への詳細説明を為し得るただ一人の男が、瞬の機嫌を取る気満々で登場してくれた。 「瞬。さっきはすまなかったな。今、閉店間際のケーキ屋で、おまえの好きなケーキを買ってきたぞ。バナナとチョコレートとプラリネの――瞬?」 氷河だけならまだしも、彼の手には瞬の好きなケーキの収まった箱があったというのに、瞬は氷河の顔を見るなり、まるで弾かれるようにラウンジを飛び出ていってしまったのだった。 |