星矢と紫龍に事の経緯を聞かされた氷河は、非常に不愉快かつ不機嫌な顔になった。
当然である。
捨て身の苦労の末に何とか沙織の口を封じることができ、安堵の胸を撫でおろしたばかりだったというのに、よもやまさか、こんなにも身近なところに、これほど無思慮な伏兵が潜んでいたとは。
いつ瞬の許に帰ってくるかもわからない一輝のことばかりを懸念していて、肝心の足許を見ていなかった自分を、氷河は大いに悔やんだ。
獅子身中の虫とは、まさにこの二人のことである。

「貴様等、個人情報保護法というのを知っているか。当人の許可なく個人情報を第三者に洩らした者には、六ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられるんだぞ」
今では同法の重要性をすっかり理解している氷河の詰責を、星矢は、
「そんな法律、俺知らねーもん」
の一言で、あっさりと切って捨てた。

星矢と紫龍を責めたところで、洩れてしまった個人情報は今更 元のパソコンの中には戻らない。
氷河は、星矢たちの責任を追及することを早々に断念した。
こうなってしまった以上、彼にできることは事態の更なる悪化を食い止めることだけなのだ。
「とにかく、これ以上 余計な手出しや口出しをするな。あれで、瞬が俺を避けるようになったらどうしてくれるんだ」
「いつまでも ただの仲間でいるつもりもないくせに」
「その通りだが、今はマズい」
「なんでだよ」

星矢にしてみれば、『瞬のために馬鹿な青少年たちに一方的に殴られることすら気持ちよかった』という氷河の発言は、既に立派な恋の告白だった。
それでも氷河の気持ちに気付いていない瞬に、自分は懇切丁寧に状況説明をしてやったのだ――という認識でいたのである、星矢は。
氷河が今更何をためらうのか――星矢には、仲間の煮え切らない態度の方が不自然かつ非合理に思えてならなかったのだ。

「瞬は自分の外見にコンプレックスを持ってるからな。そのコンプレックスを刺激されたばかりの このタイミングで 俺に惚れられていることを知らされたら、瞬は女の代わりなんて御免だと思うだけだろう」
問題はそこなのである。
問題は、瞬が男だということではなく、瞬が自分の“少女のような”外見に、抱かなくていいコンプレックスを抱いていること――なのだ。
「刺激したのはおまえだろ」
「あの車上荒らし共が すがすがしいほど正直なのが、えらく気持ちよかったんだ。瞬が俺のために本気になってくれたことも嬉しかったし、で、つい浮かれて失言した」

そう。失言したのは星矢ではなく、氷河自身だったのだ。
当然、事態の収拾は彼自身が行なわなければならなかった。






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