「ぼ……僕、変な趣味ないんだから! 僕、女の子じゃないんだからっ!」 事態の収拾は自分自身が行なわなければならないと決意して瞬の部屋を訪れた氷河に、瞬が最初に投げつけてきた言葉がそれだった。 まさに事態は最悪の様相を示していた――のだが。 瞬は、そのセリフを、椅子の代わりに腰を下ろしていたベッドの上で、身体を後ずさりさせながら言うのである。 瞬の後ろにはもう壁しかない。 いったいこれはどういう誘惑の手管なのだと、氷河が激しい目眩いを覚えたとしても、それは氷河が責任を負うべきことではないだろう。 それでも氷河は、無理に平静を装い、意識してさりげなく、 「知ってる」 と、瞬に告げた。 「あ……。そ……そうだよね」 あまりにあっさりした氷河の返答に、瞬は逆に戸惑いを覚えたらしかったが、それでも瞬はやがて(ベッドの上で)ほっとしたように安堵の息を洩らした。 その一瞬の隙をついて、氷河は殊更 自然を装い、自らも瞬のベッドの上に腰をおろしたのである。 そして、少しばかり沈んだ口調で、彼は瞬に尋ねた。 「おまえは、俺が男だから嫌いなのか」 「え?」 不意打ちを食らった格好になった瞬が、ほとんど反射的に小刻みに首を左右に振る。 そして、瞬は、やはり反射的に――深く考えることなしに――氷河に答えを返した。 「ぼ……僕、べ……別に氷河を嫌ってなんかいないよ」 それは嘘ではなかった。 瞬は、事実、氷河を嫌ってなどいなかった。 氷河が例の青少年たちに一方的に殴られている様を見た時には、あまりのことに頭の中が真っ白になり、自分でもわからぬうちに聖闘士でもない一般人にネビュラストームを放ってしまっていた。 嫌いではないのだ。 ただ、女の子のように好かれるのが嫌なだけで、瞬は氷河が好きだった。 「僕は、ただ――」 「俺が女だったら、おまえは俺を恋愛の対象として見てくれていたか」 瞬のコンプレックスを逆手に取り、氷河が再度瞬に問う。 「え……」 氷河は、思いがけない仮定文を投げかけられて返答に窮した瞬の手を、しっかりと握りしめた。 間近に迫る氷河の瞳に、瞬は目一杯たじろぐことになったのである。 氷河の口許には 今日の暴行騒ぎで受けた裂傷が残っており、瞬は、二度と彼にそんな怪我を負ってほしくないと思った。 そうならないためになら、どんなことでもできると思う。 「ぼ……僕は――」 あからさまには表面に表れていない無言の氷河の気迫に 自分が圧倒されていることに、瞬は全く気付いていなかった。 |