翌朝、瞬は、氷河の姿を認めては頬を染める、一見したところでは“恋する乙女”そのものになってしまっていた。 いったい二人の間で何があったのか、二人がどこまで行ったのかは、星矢も紫龍も(知るのが)恐くて聞けなかったのだが、二人がただの仲間でなくなってしまったのは 紛う方なき事実のようだった。 「なんでこーゆーことになるんだよ?」 心底から不思議で、星矢は尋ねずにいられなかったのである。 昨夜の様子では、氷河の邪恋が叶うのは 早くても5年後くらいだろうと、星矢は確信していたのだ。 「だ……だって、氷河、僕に好きになってもらえるのなら女に生まれたかった――なんて言うんだもの。健気で可愛くて、それで僕、つい……」 それでつい ほだされて、氷河の前に脚を開いてしまったと、瞬は言うのだろうか。 瞬のブッ飛び方は、もしかすると氷河以上、“ 「氷河は無茶するから守ってあげたいし、僕、別に性差別主義者でもないし」 「これはそういう問題なのかよ?」 所詮、地に這いつくばるようにして生きているマトモな人間に、神をも超えた存在の考えが理解できるわけがない。 健気なのか傲慢なのかの判断が難しいセリフを、恥ずかしそうに頬を染めて言ってのける瞬に、星矢は頭痛を覚え始めていた。 「瞬はもしかしたら、自分を男と認めてくれる奴なら、相手は男でも女でも構わなかったのかもしれないな」 あまり自信はなさそうに――龍座の聖闘士はごく普通の人間なのであるから当然である――紫龍がぼやく。 星矢の頭痛はますますひどくなった。 「男と認めてくれるなら――って、そりゃ、瞬を女の子と見誤らない女ってのも、世の中にはあんまりいないだろうけど、でも、だからって、そんなことで あっさり男同士でくっつけるなんて、瞬の奴、アタマおかしいんじゃねーのか」 星矢は、もちろん、氷河と瞬が“くっつく”ことを期待していた。 が、星矢は、二人が“くっつく”のは、十二宮を突破し、7つのオーディーンサファイヤを回収し、7つのメインブレドウィナを倒し、冥界の4つの圏・10の壕・3つの谷・8つの獄を通り抜けるほどの艱難辛苦を乗り越えた果てに成し遂げられるほどの大事業なのだとばかり思っていたのだ。 それであればこそ、氷河がその偉業を成し遂げた暁には、心からの祝福も奉げようではないかと、星矢は考えていた。 まさか、この二人が、アテナの聖闘士であることや同性同士であることの障害をこんなにも軽やかに飛び越えて、これほどあっさりくっついてしまうことがあるなどとは、星矢は考えてもいなかったのだ。 「人間は考え方ひとつで、人生の指針を一気に180度変えることもできる生き物だ。それが柔軟にできる人間ほど、幸福になれる可能性も大きいんだろうな」 「瞬は柔軟すぎるんだよ!」 紫龍の尤もらしいご高説に、星矢が噛みつく。 「まあ、氷河の相手を務めるられる奴だからな、瞬は」 紫龍は、そんな星矢に苦笑を返すことしかできなかった。 自分以外の人間の幸福の真実の姿など、人には計り知れないものである。 まして、超神の幸福のありようなど、常識をわきまえた人間に理解することのできようはずもない。 星矢にできることはただ、彼の仲間が当初の予定より5年以上早く迎えることのできたこの晴れの日を、激しい頭痛と共に耐え忍ぶことだけだった。 |