「氷河と兄さんて、どうしてあんなに仲が悪いんだろう……」 素朴な疑問を、瞬が口にする。 答えはすぐに星矢から返ってきた。 「そりゃ、おまえのせいだろ」 「僕のせい?」 星矢の即答があまりに思いがけないものだったので、瞬は瞳を見開いた。 星矢は、しかし、自分の答えに自信満々でいるらしく、むしろ、瞬の困惑した様子に驚いたようだった。 「なに驚いた顔してんだ? 他に理由なんかないだろ。あの二人、昔はあそこまで仲悪くなかったし。一輝は、おまえを氷河に取られたのが悔しいし、氷河は、おまえが一輝を兄さん兄さん言うのが不愉快なんだよ」 「……」 星矢の言葉に、瞬はしばしぽかんと呆けた顔になった。 やがて何とか気を取り直し、仲間への反論を試みる。 「でも、兄さんと氷河って、まるで相手が次に何を言うのかわかっているみたいに、ぽんぽん調子良く悪口が出てくるし、さっきのそっぽの向き方なんて、マンガみたいにタイミングが合ってたし、まるで長いことコンビを組んできたコメディアンか何かみたいで、だからあの二人は――」 瞬は、そんな“理由”を考えたこともなかった。 瞬はむしろ、 「ウマが合いすぎるだけなんだと思ってた」 ――のである。 「あほか」 瞬の頓珍漢な考えに呆れ果てたような顔をして、星矢が瞬の見解を言下に切って捨てる。 瞬は、少々向きになった。 「だ……だって、氷河は優しいし、兄さんも優しいし、二人はつまらない いさかいを起こして喜ぶような、そんな低次元な人間じゃないよ!」 「おまえのことさえなければな」 反論空しく、またしても間髪を入れずに星矢に突っ込まれ、瞬が傷付いたような顔になる。 そんな瞬に同情したらしい紫龍は、瞬に現実を知らしめるべく、あえて苦言を呈する気になったようだった。 「その『優しい人間は人と争わない』という考えや『優しい人間は争いを生まない』という考えは、必ずしも正しいものではないぞ。人が誰かに優しくすれば、優しくされなかった者の中には妬みや憎しみを覚える者も現れるだろうし、誰にでも優しくする者は、より優しくされたいと願う者たちの間にいさかいを生むこともある。それが行き着くところまで行き着くと、いさかいの原因を生んだ者として、逆にその優しさを憎まれることもある」 「どういうこと?」 「八方美人は結局 人を傷付けるということだ」 「……」 紫龍の口調に責める色がないせいで即座の反論はできなかったのだが、だからといって、瞬は、彼の意見を尤もなことと思ったわけでもなかった。 「奴等はおまえのいちばんになりたがっているんだ。だというのに、おまえがどっちつかずの態度をとり続けるから、奴等はいらついている」 「そ……それが悪いことだっていうの?」 「どちらかを切れというのじゃなく、明白な優先順位を定めればいいんだ。たとえば、一輝が最優先、氷河はその次、とかな。おまえがそう決めたと知れば、あの二人もそれに従うだろう。分を超えるような みっともないことはしたがらない奴等だ。わかってるのか? あの二人は、おまえの寵愛を争っているんだぞ。おまえが規則を決めない限り、奴等は期待を捨てきれずに、いがみ合い続けるんだ」 そうまで言われても、紫龍の言葉に、瞬はやはり頷いてしまうことができなかった。 血のつながった兄と 生まれて初めて恋した人の両方が好きで、両方に優しくしたい、両方に好かれたいと思うこと、実際にそう振舞うことは、人として当然のことではないか。 だいいち、兄と氷河のどちらかを優先させることなどできるわけがない。その必要もない。 瞬は、兄は兄として、氷河は氷河として、尊重していたし、大切に思っていた。 その態度の何が悪いというのだろう。 が、現実は、確かに紫龍の言う通りであるとも思う。 もし二人の不仲の原因が本当に自分の優柔不断にあるのだとしたら、瞬は自身の態度を改めたいとも思った。 だが、どう改めればいいのか。 瞬にとって、兄と氷河は、そのどちらかを優越させることができるような存在ではなかったし、そもそも比較することが不可能な存在だった。 「僕はただ、氷河と兄さんに仲良くしてほしいだけなのに……」 しょんぼりと肩を落としてラウンジを出ていく瞬の後ろ姿を見送ってから、星矢と紫龍は顔を見合わせ嘆息した。 |