「今日は、おまえたちはどこかに出掛ける予定があるのか?」 「あ、展覧会に行こうって言ってたんだけど。日本南極観測50周年を記念して、国立科学博物館で『ふしぎ大陸南極展』っていうイベントが開催されてるんだ。でも、せっかく兄さんが帰ってきてくれたんだし、今日は取りやめ――」 朝食を済ませたあとも、一輝と氷河は一向にいつもの陰険漫才を始めなかった。 実現した夢の只中で、それこそ夢見心地状態だった瞬は、兄に問われたことに いつもの調子で答え――その答えを最後まで言い終える前に、はっと我にかえった。 兄のために外出の予定を取りやめるようなことを言えば、当然、氷河の機嫌が悪くなるのだ。――平生であれば。 しかし、今日の氷河はいつもの氷河ではなかった。 彼は、瞬の言葉に機嫌を悪くするどころか、逆に、一輝と瞬の兄弟に気を配った提案をしてきたのである。 「沙織さんはチケットを余分にくれた。一輝、一緒に行かないか」 氷河が一輝を外出に誘うのも真夏の椿事といっていい事態だったのだが、氷河の誘いに、 「そうだな。おまえたちの邪魔でなければ」 と言って一輝が乗ってくるのは、もはや椿事を通り越した奇跡の次元のことである。 「邪魔なはずがないだろう」 「では、同道させてもらおうか」 あっけにとられた瞬が何ごとかを言う前に、氷河と一輝は、本日の三人での外出を決定事項にしてしまっていた。 「ほ……ほんとに? ほんとに、兄さんが僕たちと一緒に来てくれるの? 一緒で構わないの?」 夢なら醒めないでくれと、瞬は思った。 「邪魔なのであれば遠慮するが」 「遠慮する必要はない。おまえが一緒の方が、瞬も喜ぶ」 夢の中の一輝は、日本人らしい遠慮深さを心得ており、夢の中の氷河は、一輝の慎みを的確に読み取った対応をする。 感動のあまり、瞬は瞳を潤ませてしまったのである。 かくして、その日、瞬は兄と氷河と連れだって、『ふしぎ大陸南極展』に出掛けることになったのだった。 それが保護者付きデートなのか、兄弟水入らずに水が混じった状態なのか――の判断は脇に置くとして、ともかく“お星様”の力は絶大だった。 氷河と瞬と一輝の南極展見学は終始和やかに執り行なわれ、その後の食事の会話も極めて楽しいものだった。 オーロラやペンギンの展示物よりも、振り返れば兄と氷河がいる状態を堪能しまくった瞬は、その日の夕刻、天にも昇る心地で城戸邸への帰還を果たしたのである。 |