瞬の、地に足のついていない状態は、その日以降も続いた。
映画、美術館、テーマパーク――どこに行くのも三人一緒で、城戸邸にいる時にも、兄と氷河の関係は極めて良好。
夢が現実になったのか、現実が夢そのものなのか――平和かつ平穏に過ごす三人の日々に、瞬はすっかり浮かれてしまっていた。

「おまえは、そうやって浮かれてるけどさー。あの二人が仲いいのって、すげー不自然じゃないか? なんか、あの仲の良さが作りものめいてるっていうか、らしくないっていうか、俺、見てて気持ちが悪いんだけど」
浮かれきっていた瞬に星矢が水をさしてきたのは、氷河と一輝が“仲良く”なってから1週間が経過した、ある日のことだった。
「お星サマの魔法か何か知らないけどさ、あの二人は、間におまえを置いて殺伐してた方が生き生きしてたっていうか――険悪な緊張感漂わせて悪口言い合ってた時の方が、仲良さそうに見えたぜ」

星矢は、瞬と違って、この夢のような現実が気に入らないらしい。
瞬は、アテナの聖闘士である星矢が“平和”を喜んでいないという事実に、大いに戸惑うことになった。
「星矢ったら、なに言ってるの。兄さんと氷河に限らず、人と人は、喧嘩してるより和気藹々してる方が“仲がいい”に決まってるじゃない」
「そうかー? 氷河は一輝に媚売って、一輝は氷河に媚売ってるようにしか見えねーぜ、俺には」
「媚だなんて……」

確かに、二人の態度は ある日突然豹変した。
それが“お星様”の力によるものなら、この夢の魔法はいつかは解けるものであるし、豹変が 二人の心境の変化によるものなのであれば、この急激な変化は不自然極まりないことである。
星矢は、その“不自然”を素直に受け入れることができずにいるらしかった。

「おまえが氷河と出掛けるって言ったら、二人きりで行かせてやって、自分は一人でここに残って不機嫌してる一輝の方が、俺はいい。『邪魔なら遠慮するが』なんて言いながら、おまえらのあとをのこのこ付いてく一輝なんか、一輝じゃねーって」
「……」
「おまえが一輝に懐いていったら、むすっとして、それを睨んでる氷河の方が氷河らしい。にこにこ笑いながらそれ見ててさ、『一緒にどーぞ』って言われるのを待ってるみたいな氷河なんて、それこそ氷河じゃねーだろ」
「星矢……」

「なーんか、今のあいつら、妙な違和感が拭い去れないんだよなー」
改めて指摘されると、瞬としても、夢から醒めそうな気分になる。
冷静になって考えてみれば、確かに不自然なものではあるのだ、瞬が今 見ている夢は。
それでも――それでも瞬は、この夢から醒めてしまいたくなかったのである。
「違和感ていうのは、慣れていないから感じるものでしょう? 慣れれば――星矢も すぐに慣れるよ、きっと」
無理に笑顔を作って、瞬は星矢にそう言った。






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