翌朝、白鳥の姿に戻った氷河王子は、いったん自分の国の自分のお城に帰りました。 そして、持っているうちでいちばん上等でいちばん上品なお洋服を衣装部屋から引っ張り出すと、それを器用に自分の背中にくくりつけて、再び瞬王子が閉じ込められている塔へと取って返しました。 背中に荷物を背負って飛んでいる白鳥というのも なかなか間抜けな光景ですが、氷河王子は自分がかっこいい王子様の衣装を身に着けている姿を、瞬王子に見せてやりたかったのです。 瞬王子が身なりで人を判断するような人間だとは、もちろん氷河王子は思っていませんでしたよ。 それに、実を言えば、氷河王子は、着衣の自分よりも裸の自分の方に自信があったのです。 ですが、なにしろ瞬王子の前で素裸でいると、自分が瞬王子に対してどういう気持ちを抱いているのかが すぐにばれてしまいますからね。 それは、瞬王子を驚かせたり恐がらせたりしないための、氷河王子の用心だったのです。 瞬王子は、氷河王子が 再会の約束を交わした半日後にはもう自分に会いにきてくれたことを、とても喜びました。 王子様の衣装を着けた氷河王子に、ちょっと安心もしました。 昨夜の氷河王子は、裸でいるのにとても堂々としていたものですから、瞬王子は時々目のやり場に困っていたのです。 ともかく、そういうわけで、その夜から、氷河王子と瞬王子の秘密の逢瀬は始まったのです。 秘密の逢瀬――とは言っても、瞬王子の許に毎日夕方になると立派な白鳥が飛んでくることは、すぐに瞬王子の世話人の知るところとなりました。 世話人から瞬王子の兄君にも報告がいきました。 けれど、まさかその白鳥が実は呪いをかけられた人間だなんて、そんなことは誰も考えが及ばなかったのです。 ですから、瞬王子の許に毎日人間の男が忍んできていることは、ずっと瞬王子と氷河王子だけの秘密だったのでした。 二人は毎夜、いろんなことを語り合って過ごしました。 そして、急激に互いに親しみを感じるようになっていったのです。 二人が逢瀬を重ねて1ヶ月が過ぎた頃には、瞬王子は、氷河王子を白鳥の姿に変えてしまう朝日を憎むようにさえなっていました。 また今日も夜が明けようとしています。 窓の向こうで ほんのりと薔薇色に染まり始めた空を、瞬王子は悲しい目をして見詰めました。 「ああ……朝がきちゃう……」 「瞬……?」 氷河王子に名を呼ばれると、瞬王子は明るくなり始めた空に向けていた視線を、氷河王子の上に戻しました。 そして、切なげな眼差しをして氷河王子に言いました。 「氷河と離れているのがつらいの。氷河がいない時、いつも氷河のことを考えてる。氷河が無事にお城に帰れたのか、どこかで怪我をしたりしていないか、何も知らない人に捕まったりしてないか、僕にまた会いに来てくれるのか――」 「瞬……」 瞬王子は、なんて可愛いことを言ってくれるのでしょう。 瞬王子の悲しげな色の瞳を見て、氷河王子は ちょっとだけ嬉しくなってしまったのです。 もちろん、瞬王子が悲しいのは 氷河王子だって嫌なんですよ。 でも、恋心というのは色々複雑なのです。 氷河王子はしょんぼりしている瞬王子の肩を抱いて、力づけるように その髪と背中を撫でてあげました。 「俺は間抜けな猟師に撃たれたり捕まったりはしない。俺を捕まえておけるのは、おまえだけだ」 「でも、心配なんだ。どうしようもなく……」 「……」 心細そうな瞬王子の言葉と眼差しに、氷河王子は、自分の浮かれていた気持ちを慌てて引き締めたのです。 そして、氷河王子自身も少し悲しくなりました。 瞬王子は、恋をしたら不幸になるという呪いをかけられています。 瞬王子が自分を慕ってくれている その心は、はたして恋と呼ばれるものでしょうか。 もし、自分はとっくに瞬王子への恋に落ちていたのだと、本当のことを瞬王子に告げ、瞬王子を抱きしめたら、そして瞬王子がその恋を受け入れてくれたなら、呪いをかけられた二人の王子はいったいどうなってしまうのでしょう? 真実の恋を手に入れることによって、氷河王子の呪いは解けるかもしれません。 ですが、瞬王子の考えが正しければ、瞬王子にかけられた呪いによって、瞬王子の恋人は死んでしまうかもしれません。 そして、瞬王子を悲しませ不幸にするのかもしれないのです。 氷河王子は、ですから、軽率に自分の心を瞬王子に伝えることはできませんでした。 伝えることができないまま、氷河王子は毎晩 瞬王子の許に通い続けました。 氷河王子の故国である北の国と瞬王子の国は、遠く離れた場所にあります。 二つの国の間には、険しい山、広い湖、深い谷があって、歩けば1ヶ月、馬を飛ばしても、深い谷や広い湖を迂回しなければならないので、半月はかかりました。 その距離を半日で往復できるのは、氷河王子が白鳥の姿に変身できるから。 自分が白鳥になる呪いをかけられたのは、実は、二人が出会うための運命の神の計らいだったのではないかと思いながら、そして、瞬王子に伝えることのできない恋心に悩み苦しみながら、氷河王子は瞬王子の許に通い続けたのです。 |