そんなある日のこと。
氷河王子はいつものように お昼が過ぎた頃に、北の国のお城の部屋の窓から瞬王子の許へと飛び立ちました。
険しい山、広い湖、深い谷を飛び越え、瞬王子の許に一直線。
氷河王子は、昨日までと同じように、太陽が西に沈む少し前には、瞬王子が閉じ込められている高い塔の窓に舞い下りることができるはずでした。

けれど、その日は、時ならぬ夏の嵐が氷河王子の行く手を遮ったのです。
氷河王子がお城を出た時には 空は青一色だったのに、ちょうど氷河王子が広い湖の上を飛んでいる時、突然灰色の雲が現われたかと思うと、それは あっという間に空を覆い尽くしてしまったのです。
雷鳴が轟き、一つ一つが鋭いナイフのように強い雨が、氷河王子の身体を打ち続けます。

湖にはところどころに浮き島があって、氷河王子は そうしようと思えば、それらの島の一つに下りて嵐が過ぎるのを待つこともできました。けれど氷河王子はそうしようとは思いませんでした。
この旅がどんなにつらくても、それは瞬王子に会うための旅。瞬王子の笑顔に出会えさえすれば、どんな疲れもどんな痛みも即座に消え去ってしまうことが、氷河王子にはわかっていましたから。
恋をしている者に、『少しは休みなさい』とか『ちょっとは立ち止まりなさい』とか、そんな忠告は全く無意味。むしろ、余計なお世話なのです。

氷河王子は強い逆風にあおられながら、瞬王子めざして懸命に飛び続けました。
氷河王子の恋心は無限の力を有していましたし、体力だって相当のものでした。
けれど、氷河王子のその力をもってしても、時の流れに勝つことはできなかったのです。
氷河王子が決死の思いで広い湖を渡りきった時、嵐は嘘のように静まりましたが、灰色の雲の間からやっと顔を出した太陽もまた、氷河王子の無謀な冒険の結末を見届けたことに満足したように 地平線の向こうに姿を隠してしまったのです。

夜の訪れは、氷河王子を元の人間の姿に戻してしまいました。
氷河王子の目の前には、迂回を試みたら向こう側に渡るだけで3日はかかる深い谷。
翼を持たない氷河王子は、そこから一歩も先に進むことができませんでした。
毎日、その壮大さに尊敬に似た感動さえ覚えながら、自らの翼の下に従えていた美しい山や谷。
氷河王子は、生まれて初めて、それらのものを恨めしく思いました。

その上、人間の姿でじりじりしながら明けるのを待つ夜の長さといったら!
瞬王子と過ごす時には一瞬にも思える一夜が、その日の氷河王子には100年より長く感じられました。
けれど、どんなにつらい夜も、どんなに暗い夜も、どんなに長い夜も、明けないということは決してありません。
100年を待ち続けた氷河王子の身体は、やがて太陽の光に包まれて、再び白く力強い翼を取り戻しました。
氷河王子は、自分の手が白い羽根で覆われるのを認めるや、即座にその翼を大きく羽ばたかせたのです。






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