「氷河っ!」
白鳥の姿をした氷河王子が 瞬王子の閉じ込められている高い塔の窓に飛び込んだ時、氷河王子を出迎えてくれたのは、瞬王子の悲鳴のような歓声と抱擁と、そして涙でした。
「よかった……! 日が暮れたのに来てくれないから、氷河の身に何かあったのかと……よかった……!」

氷河王子の身を案じ、瞬王子は昨夜一睡もしていなかったようでした。
そして、不安のために、幾度も涙を流していたのでしょう。その目は赤味を帯び、瞼も少し腫れていました。
その様子が、氷河王子にはひどくつらく感じられました。
そして、とても美しく見えたのです。

別々に過ごした夜が不安でならなかったせいなのか、瞬王子は、白鳥の姿をした氷河王子を抱きしめて決して離そうとしませんでした。
白鳥の氷河王子は、言葉を話せないことがもどかしくてなりません。
夕べはあれほど その長さを呪い続けた夜の訪れを、氷河王子は今度は狂おしいほどの思いで待つことになりました。
人間の姿を取り戻し口がきけるようになったら、こんな仕儀になった経緯を、なるべく瞬王子に心配をかけないように説明してやらなければと考えを巡らせながら、氷河王子はじりじりしながら日が暮れるのを待ったのです。

けれど、いざ 焦がれ続けた夜が二人の上に訪れてみると、氷河王子の心は、もはや言葉では伝えきれないほど大きく激しいものになってしまっていたのです。
口を開くより先に、氷河王子は瞬王子を抱きしめました。
そして、瞬王子の唇に自分の唇を重ねました。
氷河王子はそうせずにはいられなかったのです。

瞬王子は、昼の間、白鳥の姿をした氷河王子をずっと抱きしめていました。
そして、氷河王子のいない夜がどんなに心細かったかを切々と訴え、どんなに氷河王子の身を心配したのかを、涙さえ浮かべて語り続けていたのです。
もし氷河王子の身に何かあったのなら、この塔から身を投げて自分も死んでしまおうとさえ思った――なんてことを瞬王子に言われていたのに、人間に戻った氷河王子が「こんばんは」なんて間抜けな挨拶を瞬王子に投げかけることができるものでしょうか。

それに、なにしろ、人間の姿に戻った時の氷河王子は素裸です。
すべてがばればれなのです。
もっとも瞬王子は、人間の姿に戻った氷河王子のいきりたったものを見ても、意味がよくわかっていなかったようですが。
けれど、瞬王子は、キスの意味は知っていました。

それは、大好きな人にするもの、大好きな人にされると嬉しいもの。
そう言って、瞬王子のお母様は毎日瞬王子にキスしてくれていましたからね。
瞬王子は氷河王子が大好きでしたから、氷河王子にキスをされると うっとりしました。
氷河王子が自分にキスしてくれるのは、氷河王子も自分のことを好きでいてくれるからなのだと思えることが、瞬王子はとても嬉しかったのです。

氷河王子は、瞬王子の唇だけでなく、頬や瞼や髪、腕や首筋にもキスをしてくれました。
瞬王子が身に着けていたものを剥ぎとって、肩や胸にまで。
瞬王子は、そうして、キスは唇だけでするものではないことを知ったのです。
氷河王子は、その指や胸や髪や脚で、瞬王子の全身にキスの雨を降らせました。

「氷河……っ」
瞬王子は、氷河王子にキスされるたび、嬉しさに全身が震えました。
頭がぼうっとして、何かを考えることができなくなりました。
その時 瞬王子の頭の中にあったのは、『氷河が無事でいてくれてよかった』ということと『僕は氷河が大好きで、氷河もそうなんだ』ということだけ。
それ以外の考えは思い浮かびませんでしたし、それだけで十分なような気がしたのです。

氷河王子が瞬王子の内腿に舌を這わせてきた時も、そのせいで身体の奥に不思議な疼きを感じた時も、瞬王子は他のことは考えていませんでした。
恥ずかしいとか、氷河のキスはお母様のキスとは違うとか、そんなことは全く。
氷河王子が自分の中に入ってきた時も、それはキスと変わらないことだと思っていました。
それは、大好きな人と、大好きだからすることなのだとわかっていました。

「ああ……っ!」
とても痛いのに、気持ちのいいキス。
氷河王子は、瞬王子の身体の内側だけでなく、瞬王子の唇や耳にも、彼自身の唇と『好きだ』という言葉でキスを繰り返していました。
瞬王子は嬉しさのあまり我を失い、身も世もなく乱れ喘ぎ、細い悲鳴に似た歓喜の声を幾度も室内に響かせました。
夢の世界に迷い込んだように、瞬王子は氷河王子のキスを受けながら、自分は今とても幸せだと感じていたのです。

氷河のキスが深くなり、交わりも深くなり、一度それが終わっても、瞬王子は夢から覚めることはありませんでした。
心臓が強く激しく脈打ち、呼吸をするのも苦しいような感覚の中で、けれど、瞬王子はもっともっと氷河王子にキスしてもらいたかったのです。
「氷河……」

瞬王子の甘えすがるような声と指に、それでもまだちょっとだけ残っていた氷河王子の理性は、すっかりどこかに飛んでいってしまいました。
もしかしたら泣いて嫌がられることもあるかもしれないと心配していたのに、瞬王子は嫌がるどころか、『もっと』と誘ってくるのです。
こうなると、氷河王子はもう止まりませんでした。
瞬王子を不幸にしてはいけないと考えて、これまでずっと我慢してきた分、下世話な言い方をすれば、氷河王子は たまっていたのです。
氷河王子が再び瞬王子に覆いかぶさっていくと、瞬王子はすぐに嬉しそうに可愛らしい溜め息で氷河王子を迎え入れてくれました。






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