白く大きく力強い白鳥の翼でなくてもいい。非力でみすぼらしいスズメやミソサザイのそれでいいから翼が欲しい。
国でいちばん脚の速い馬を疾駆させながら、氷河王子はそう願い続けました。
どんなにたくましく力強く高価な馬も、深い谷や険しい山を鳥のように飛び越えることはできないのです。
夜も昼もなく駆け続けさせれば、どんなに強い馬だって疲れて走れなくなってしまうのです。

半月後 氷河王子がやっと瞬王子の国に辿り着いた時、都では、瞬王子が病で死にかけているという噂でもちきりでした。
「死よりも不幸なことはないだろうに」
と、都の人々は重い口調で噂し合っていました。
「本当なら何不自由ない暮らしができて、どこの国のどんな高貴なお姫様と結ばれることもできたでしょうに、あんな牢獄みたいなところで」
「いや、さすがに王様は、あの塔に王子様を閉じ込めておくのはやめたらしいぞ」
「もう閉じ込めておく必要はないものね……」

都中で囁かれている人々の噂を耳にするたび、氷河王子の胸は、ぐさぐさと剣を突き立てられるように痛みました。
瞬王子はおそらく、自分の恋を失ったと思い、絶望して病の床に就いたに違いありません。
『恋で人が死ぬものか』と言ったのは、どこの国の劇作家だったでしょう。
もちろん、人は恋で死ぬのです。
それが命のすべて、生きていることの証のすべて だったなら。
それが、その人の希望そのものであったなら。

氷河王子は、瞬王子を死なせてしまうわけにはいきませんでした。
そんなことになったら、瞬王子があまりに哀れです。
瞬王子は、その恋人に心から愛され、その恋人は確かに生きているというのに。

氷河王子は、何か理由をつけて瞬王子のいる王城に潜り込もうと考えました。
瞬王子にとって危険なのは 瞬王子の恋の相手になりえる少女なのですから、もしかしたら男なら瞬王子との面会が許されるかもしれません。
遠い国からわざわざ一国の王子が表敬訪問にやってきたと言えば、この国の王も自分をむげに扱うことはできないだろうと、氷河王子は考えたのです。

平時なら、氷河王子の願いは叶えられていたかもしれません。
氷河王子の北の国は大国でした。
広大な国土と豊かな地下資源を持つ北の国との国交を望まない国はないでしょう。
ですが、氷河王子の希望は、「今はそれどころではない」という実にわかりやすい理由で却下されてしまったのです。
それくらい――瞬王子の国のお城の中は、大きな混乱と不安と悲しみに打ち沈んでいたのです。
瞬王子の命の火は、いよいよ燃え尽きようとしていました。






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