事態は確かに、一層複雑になった。
だが、人間には、『惚れた』と開き直ることによって見えてくるものがあるらしい。
シュンに『惚れた』自分を自覚し、健康を取り戻したヒョウガは、いっそ すがすがしいほど恋する男になりきって、彼の仲間たちに彼の見解を告げることになったのである。

「惚れた欲目かもしれないが、この異常事態は、シュンが魔力を持っているからでも、シュンに狡猾な計算があるからでも、まして、邪神の力が働いているからでもなく、シュンが人一倍優しいせいなんじゃないかと思うんだ。シュンには確かに並外れた洞察力があって、他人がどういう人間を好むのかを感知する能力を持っている。そして、その場その場で姿を変える変幻自在の幻獣のように、対峙する人間が好むタイプの人間になって、相手に対応する。だが、それはすべて、他人を不快にしたくないというシュンの優しさと思い遣りでしかないんだ。そこには魔性も神の力もない」
それが、シュンに恋する男が、自分の恋に素直になった上で 辿り着いた結論だった。

「黄金聖闘士たちは、それこそ、力こそ正義なんて馬鹿げた主張がまかり通る殺伐に慣れていた者ばかりだ。そこに、シュンにそれぞれの好みに合った細やかな気遣いや優しさを示されて、心が動かないはずがない。しかも、その対応が、明らかに自分へのそれと他人へのそれとで異なっているんだ。奴等が 自分だけが特別なんだと思い込むのも 不自然なことじゃない。シュンには確かに、すべての人間が特別なんだ。同じ価値観・同じ嗜好を持つ人間はいないという意味において。だが、それは恋ではない――と思う」

「おまえに対しても?」
確信に満ちて語るヒョウガに、シリュウが試すように問うてくる。
「そうかもしれない」
ヒョウガの返答は、存外にさっぱりしたものだった。
シュンにとって自分が特別な存在でないからといって、それがどうだというのだ。
ヒョウガにとってシュンは特別な存在だった。
ヒョウガという一人の人間に、それ以上に意味のある事実などあるはずもない。
至って落ち着いているヒョウガに、シリュウは感心したように吐息した。

「あのさ、でもさ。シュンは、自分がたくさんの人間にちやほやされることを喜ぶような奴じゃないと思うぜ」
「そういうのは、愛の何たるかを知らない子供に多く見られる現象だな。とにかくそれは“いいもの”らしいという風聞を真に受けて、見境なく欲しいと思うんだ。腹の減っている人間が、食い切れないとわかっていても、より多くの食料を手に入れようとするのに似ている。――が、おそらくシュンは、愛情は自分の中にありあまっていて、そういう飢えはない。むしろ逆に、おまえがそれを求めていることを敏感に察知して、ありあまる愛を注ぎ込む器を見付けたことに歓喜しているように見える。どれだけ愛しても、おまえなら受けとめてくれるだろうと、シュンは敏感に察知しているんだ。だから、おまえのために命も賭ける」

「……」
シリュウの言葉にムッとしかけたヒョウガは、だが、その不快を表に出すことはしなかった。
確かに、以前の自分はそういう人間だったように思う。
だが、シュンが、そういう理由で、愛に飢えた哀れな男を愛してくれるのなら、今はそういう愚かな男でいてもいい――と、ヒョウガは思った。
あのシュンにもし愛してもらうことができたなら、やがては自分もシュンに同じものを返すことのできる人間になれるような気がする。
だからこそ、どうしてもシュンが欲しいのだ。

「仲間の欲目じゃなくてさ、俺も、シュンはおまえを特別に好きでいると思うぜ」
セイヤが、おそらくは確たる根拠もなく そう言い、そんな根拠のない言葉にシリュウまでが頷く。
セイヤは直感で、シリュウは推察で――彼等はそう思って・・・いるに過ぎない。
それはヒョウガにもわかっていた。
そして、わかっているヒョウガを、シリュウもわかっていた。

「それを事実にするために――まずは、邪魔な黄金聖闘士たちを片付けるのが先だな」
シリュウには良策があるらしい。
「シュンの魔力がそういうものなのだとしたら、その優しさの魔力を振るえないようにしてしまえばいいわけだ」
彼は妙に楽しそうな目をして、独り言のようにそう言った。






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