「どうしたんだ」
星矢のふくれた頬を認めた紫龍が、仲間に尋ねてくる。
星矢は、彼の見ていた本を紫龍の眼前に突きつけた。

「日本って、お堅い国ってイメージ強かったのになー」
星矢のぼやきを聞きながら、手渡された冊子の問題のページに視線を落とした紫龍は、曰く言い難い苦笑を、その口許に刻んだ。
「『男女七歳にして席を同じうせず』の儒教精神が、つい最近まで生きていた国だからな」
「それも今は昔ってことか」
「もともと儒教の起こった中国は、歴史的に見ても かなりの性先進国なんだがな。食でも性でも最高を極めたがる、いわゆる中華思想の国だから」
「中国には纏足てんそくなんて風習があったんだろ。足が小さいとあっちの具合いが良くなるとかって」

星矢がそんな風習の存在を知っていることが 紫龍には意外に感じられたらしく、彼は僅かに瞳を見開いた。
「女性を性の道具としか見ていない習慣だからな。20世紀初頭までは行なわれていたようだが、今はさすがにない」
「人権問題になるもんな」
性の先進国で修行を積んできた仲間に大きく頷いて、それから星矢はもう一人の仲間の方に向き直った。

「ロシアって進んでるのか、そっちの方」
「まあ、奥手でいると心配される国ではあるな」
氷河が、日本の青少年の性意識と性行動の変化などには いかにも興味がなさそうな顔で答える。
星矢の関心も、今は既にそんな漠然としたものではなく――仲間たちの性経験の方に移ってしまったようだった。

「てっとり早く 暖をとるのにもってこいだもんな。酒とえっちはロシアで生きる必需品てわけだ」
「社会主義時代には娯楽も限られていたから、娯楽の一環だったという無責任な話も聞いたことがある。農奴制が敷かれていた頃の農奴たちは、それで鬱憤を晴らすことしかできなかっただろうしな。地方では、鞭身派だの跳躍派だの、乱交を教義の一部に取り入れた宗教も多かったようだ。無論、異端だが」
「どっちにしても、助平な国なわけだ」

おそらくそれは、アテナの聖闘士たちが闘いのない平和な時を楽しむ(?)ための、他愛もなければ他意もない、会話のための会話のようなものだった。
しかし、仲間たちのやりとりを聞いているうちに、瞬の頬からは徐々に血の気が失せ、まもなく蒼白になってしまったのである。
要するに、瞬の仲間たちは皆、性の先進国で修行を積んできた、その道の強者ばかりなのだ。
これまで命を賭けた闘いを共にしてきた仲間たち。
その中で、実は瞬だけが彼等と違っていた――のである。



■ 纏足  中国で、女性の足を大きくしないため、子供の時から親指を
除く足指を裏側に曲げて布で固く縛り、発育をおさえた風習



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