「瞬の修行地ってどんなだったんだよ? アフリカの絶海の孤島って、すごく開放的なのか、やっぱ」
「え……」
突然 星矢に話を振られて、瞬は心臓が止まるかと思ったのである。
星矢が南方の絶海の孤島というものに どういうイメージを抱いているのかを量りかねたせいもあって、瞬は仲間に即答することができなかった。
無言で瞬きを繰り返すばかりの瞬に焦れたように、星矢が別の質問をぶつけてくる。
「アンドロメダ島って、女いたのかよ?」
「え……? あ、うん。でも、男の方が多かったから」
「おまえ、もしかして、女とするより先に男と経験してたりして」
「……!」

『そんな風紀の紊乱はアルビオレ先生の最も嫌うことでした!』と、今この場で本当のことを言えるものだろうか。
厳しく優しく穏やかで、黄金聖闘士たちでさえ見誤っていた聖域の正義を、ギリシャから遠く離れた地で正しく見据えていた恩師を、瞬は心から尊敬していたが、今ばかりは そのお固さを恨まずにはいられない。
アンドロメダ島での修行には、一般教養、サバイバル技術といった余禄的教科はあったが、性教育というカリキュラムだけは組み込まれていなかったのだ。

「そうなのか?」
よりにもよって氷河に重ねて尋ねられ、瞬はますます事実を告白しにくくなった。
「あ……え……あ、まあ……」
事実を告白することはできない。
しかし、嘘もつきたくない。
結果として、瞬は、きわめて曖昧な、言葉の形を成していない音だけの反応を示すことで 明答を避けたのである。
「ふぇー」
それを勝手に肯定の意と解した星矢が、感心したような長大息を洩らす。
それから彼は、軽く両の肩をすくめた。

「ま、仕方ねーか。おまえ、いかにも襲ってくださいって見てくれしてるもんな」
「それって、どういう……」
本来なら強気で反駁するところなのだが――実際、そうしようとしたことはしたのだが――、瞬の強気は数秒ももたずに どこかに消えていった。
氷河の視線が気になって、まともに思考を言葉にすることができない
その上、へたに正直を貫くと、それが氷河に幻滅を誘うことになるかもしれないとなれば、瞬は迂闊な発言はできなかった。

今の瞬にできることはただ、ちらちらと氷河の表情を盗み見て、彼の心情を推し量ることだけだったのである。
氷河はほぼ完全なポーカーフェイスを保っていて、彼が何を考えているのか、開放的なイメージのあるらしい南の島で修行をしてきた仲間のことを彼がどう思っているのかは、瞬には全く読み取ることができなかったが。

「もしかして、日本のマセガキなんかより瞬の方がずっと進んでたりして。瞬ってぱっと見 おとなしそうに見えるから、ちょっと強引に出ればモノにできるとか考えた奴等が、こぞって迫ってきてたんじゃないのか? 実際もててたんだろ?」
「……」
星矢はいよいよ根拠のない推測に盛り上がり、一人で興奮している。
「アンドロメダ島って、ケーサツもうるさい教育委員会もない無法地帯で、法律も常識も世間の目も気にしなくていいとこだったわけだろ。本能の赴くまま、南十字星の下でやり放題!」

へたなアダルト映画のキャッチコピーのような星矢の言い草を不快と感じる余裕さえも、今の瞬にはなかった。
そんな余裕もない中で、瞬は必死に考えていたのである。
もし今ここで正直に、自分はその手のことは全く未経験だと仲間たちに告白したらどうなるのか――を。
この会話の流れの中でそんなことを言った日には、『アンドロメダ座の聖闘士は、解放的な南の島で数年間を過ごしたにも関わらず、一度も誰かにもてたことがなかった』という結論が、場を支配することになるだろう。
それは紛うことなき事実なのであるが、それで、氷河に『彼が恋した相手は、全く魅力のない人間である』と思われることだけは、瞬はどうしても避けたかった。

氷河に失望されたくない――。
その一念が、瞬にその言葉を言わせたのである。
「で……でも、そんな大したことないよ。ぼ……僕、相手は選んでたし」
という一言――つまりは“嘘”――を。

「余裕ぶっこいちゃって、まー」
星矢がからかうように言って、瞬の頭をぽかりと殴りつける。
自分が口にしてしまった嘘が心地悪く、つらく、情けなくて、瞬は思わず泣きたい気分になってしまったのである。
いたたまれなさに耐えかねて、次の瞬間、瞬は仲間たちのいる場所から逃げ出してしまっていた。






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