沈黙は金






残暑が厳しい夏だった。
瞬は特に暑さ寒さに弱いわけではなかったのだが、それでも木陰に逃げ込まずにはいられないほど。
兄や仲間たちは帽子もかぶらずに灼熱の太陽の下を走り回り、汗だくになってサッカーボールを追いかけている。
仲間たちが熱射病で倒れるような やわな身体の持ち主たちではないことは知っていたのだが、心配なものは心配で、瞬ははらはらしながら せわしなく動く彼等の姿を目で追っていた。

「瞬、具合いが悪いのか?」
心配が表情に出てしまっていたらしい。
それを瞬自身の身体の不調と誤解した紫龍が、ボールを追いかける集団から離れて、瞬のいる木の陰の中に入ってくる。
大きな楡の木の根元の下草の上にぺたんと座り込んでいた瞬は、仲間の顔を見上げ、左右に首を振った。
「僕は元気だけど、兄さんや星矢、倒れないかな」
瞬が特にその二人を名指ししたことが愉快だったらしく、紫龍は瞬に苦笑を返してきた。
「まあ、奴等は、見てくれからして熱を持っていそうだからな」

紫龍にそう言われて初めて、瞬は気付いたのである。
兄や星矢といった、どちらかといえば暑苦しい容姿の持ち主たちの姿が、自分に実際以上に暑さを厳しく感じさせていたのかもしれない――ということに。
気付いて、瞬もまた紫龍に苦笑いを返した。
「そうだね。兄さんたちって、なんかこう見てるだけで暑いよね」
「見てくれは涼しげな方がいいか? 氷河みたいに?」
「せめて帽子をかぶってほしいんだよ」
「なんだよ、暑苦しくて悪かったな! 瞬、おまえ、氷河が好きなのかよ」

さすがに35度を超す炎天下での運動は、無限の気力体力を有しているように見える星矢に対しても、通常以上の消耗をもたらしたらしい。
サッカーボールを抱えて瞬たちの側にやってきた星矢は、瞬の横にばたりと大の字になって倒れ込んだ。
少し遅れて、氷河がやってくる。
その姿を認めて、瞬は大いに慌てることになったのである。

「ぼ……僕は、氷河が好きなんじゃなくて、ほ……ほら、クールなのってカッコいいでしょ」
「氷河はクールじゃないな」
最後にその場にやってきた瞬の兄が、誰もが認めるその事実を口にして、瞬のいた木陰を子供たちの笑い声でいっぱいにした。

「に……兄さん!」
自分が兄たちを『暑い』と評したことがそもそもの原因だったので、笑っている仲間たちを責めることができない。
瞬はすっかり困ってしまって、見てくれだけはクールな金髪の仲間の顔を、ちらちらと上目使いに見やることをしたのである。

幼い頃の、そんなやりとりが発端だった。






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