「なっ何者だ、おまえは!」
相手が忍者か武道の達人でもない限り、俺が人の気配を感じ取れないなんてことは、まずありえない。
だが現実に、そいつは俺に気配を感じさせなかった。
意識して気配を殺していたのだとしか思えないのだが、俺の目の前に立つ泥棒は、そんな芸当ができる人物とは 到底思えない――。

そんな仕儀に至ったのは俺自身の油断のせいだと自分に言い聞かせながら、俺は態勢を整え直した。
泥棒は相変わらず楽しそうに にこにこ笑いながら、普通の泥棒ならば決してしないだろうことをした。
つまり――俺に名を名乗ったんだ。
「はじめまして。僕、瞬です。名前くらいは覚えててくれますよね?」
「しゅん……?」
『そんな名は知らん!』と言いたいところだったが、その名を俺はよく知っていた。
マーマがやたらと褒めていた、マーマの再婚相手のコブの小さい方――要するに、俺の弟――すなわち、オトコだ。

マーマはその新しいコブがえらく気に入っているらしく、
『瞬ちゃんは可愛くて、素直で、優しくて、会えば氷河も絶対気に入るわよ』
と事あるごとに言っていた。
へたをすると、自分の新しい夫より強力にアピールしていたかもしれない。
それがどれほど可愛くてもオトコを気に入る趣味はないと、マーマに言われるたびに俺は思っていたんだが、確かにこれはもろに俺の好みだった。
無論、これが女だったらの話だが。

はしこそうな大きな瞳、女というより子供のそれに近いなめらかな肌、華奢ではあるが細すぎない肢体は姿勢がよく、運動神経も優れているように見えた。
顔の造作は見事としか言いようがなく、俺が初めて見るタイプではあったが、美形であることには疑念を挟む余地がない。
声は、それこそ女のようだったが、発音が明瞭で甘さと知性がほどよく混在している。

出会った場所がこんなところじゃなく、かつ彼が俺の弟でなく、男でもなかったら、確かに俺は即座に“彼女”にイカれてしまっていたかもしれない。
だが、実際には“彼”は、留守の家に勝手にあがりこんだ不審人物で、俺の弟で、必然的に男だった。
ゆえに、俺は瞬にイカれたりはしなかった。

「どうやって中に入ったんだ」
「お母さんが僕に鍵をくれたんです」
「何しに来た」
「そりゃあ……」
そんなことを訊かれるのは心外というような目をして、瞬は僅かに両の肩をすくめた。
そして、
「新婚さんに気をきかせる粋なお兄さんを見習って、僕も今日からここで暮らすことにしました。よろしくお願いします、お兄さん」
そう言って、ぺこりと頭を下げた――。






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