かなりの時間を置いてから、恐る恐るその場に上体を起こした瞬が、涙声で俺に訴えてくる。
「僕はずっと氷河に憧れてたのに、氷河が僕のお兄さんになってくれるって聞いて、すごく嬉しかったのに、どうして氷河はそんなに僕が嫌いなの――」
いつ俺が、いつ おまえを嫌いだと言った !?
いくら女みたいな顔をしてると言ったって、おまえが男なことは俺だってわかってる。
好きでなかったら、たとえ冗談でも 自分と寝てくれなんて言い出すはずがないだろう!

「お母さん……は、氷河のことを心配してるの。すごくすごく心配してるんだよ。氷河は自分でご飯だって作ったことないんだし、3日もすれば音をあげて泣きついてきてくれると思ってたから、お母さんはお父さんの家に来てくれたんだ。なのに、氷河は一ヶ月経っても来てくれなくて……。このまま氷河が家に来てくれなかったら、僕とお父さんは氷河のお母さんに捨てられちゃう。だから……」

この期に及んでもまだ、瞬は そんな頓珍漢なことを言っている。
俺は、マーマも、おまえの大事な“お父さん”とやらも、もうどうでもいいんだ。
今更母親の再婚に反対して駄々をこねるような歳でもない。
二人は二人で幸せになればいいし、それを邪魔するつもりもない。
俺はただ――俺はただ、俺も幸せになりたいだけだ。
それが義理の弟だろうが、正真正銘の男だろうが、惚れた相手を抱きしめて、惚れた相手に愛されたいだけなんだ。

「お……お父さんの家に来てくれさえすれば、ちゃんとしたご飯が食べられるようになります。氷河、だから――」
瞬はどこまでも、見当違いなことを必死になって訴えている。
“お父さん”の幸せしか考えていない瞬は、おそらく はっきり言われないとわかってくれないんだ。俺の気持ちなんて。

情けなくて――あまりに自分がみじめで哀れで――耐え切れなくて、俺は――今度は俺が、瞬に訴えていた。
瞬に背を向け、リビングの床にあぐらをかいた身体を情けないくらい しおれさせて。
「……俺は、このままでいたい。おまえと二人で」
「え?」
「メシがどんなに不味くても、毎日墨を食う羽目になっても、俺はおまえといたいんだ」
「氷河……」

それが恋の告白だと、瞬は理解してくれたのか、それとも全く理解してくれていないのか――。
それは俺にはわからなかったが、肩を落とし項垂れている俺を、瞬はその手で抱きしめてくれた。
「明日……僕と一緒に お父さんに会いに行ってくれる?」
聞きようによっては実に怪しいセリフを言う瞬に、俺は俯くように頷いた。
俺の瞬がそれを望んでいるのなら、俺にできることは、その望みを叶えてやることだけだったから。






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