紫龍がコントロールルームに戻ってきたのは、それから数分後のことだった。
「どうだ。氷河はナニができなくても、おまえが無事でいてくれれば、それでいいそうだぞ」
星矢や コントロールルームに詰めていた看護士たちを慌てさせていた瞬の涙を見ても、彼は全く動じた様子を見せなかった。
瞬が涙ひとつ零さずに平然としていたら、むしろ彼はそのことの方に驚いていただろう。

「カワセミやウミネコのオスは 他に何万というメスがいても、ただ一羽の鳥にだけエサを運び続けるんだ」
改めて言われなくても、瞬にはもう わかっていた。
たとえ氷河の目的が『せいこう』であったとしても、それはただの結果であって、そういう目的を抱く以前に、氷河は何らかの思いを彼の泣き虫の仲間に対して感じていてくれたに違いないのだ。
氷河が即物的な結びつきだけを求めるはずがない。
それだけが目的なら、彼はもっと都合のいい相手を他にいくらでも手に入れることができるのだ。


紫龍と星矢に付き添われて、瞬は氷河の病室に向かった。
当然のことながら 明るい表情をしているとは言い難い氷河の枕元に立った途端に、瞬の瞳から また新しい涙がぽろぽろと零れ落ちる。
自分が情けなくて 氷河と視線を合わせる勇気を持つことができず、瞬は顔を俯かせて、必死に絞り出した声で彼に謝罪した。
「ごめんなさい! 氷河、ごめんなさい……!」

謝罪された氷河はといえば――瞬が来るのは明日のことと思っていたので、まだ心の準備ができておらず、それゆえ彼は瞬のために上手く笑ってやることができなかったのである。
それでも氷河は何とか、
「おまえのせいじゃない。俺がドジを踏んだだけだ」
と、瞬に告げることはできた。
その言葉が、更に瞬に涙を運んでくる。

「そうじゃないの。そうじゃなくて……!」
瞬が謝っているのは、全く別のことだった。
幾度も大きく左右にかぶりを振ってみせる瞬に、氷河は戸惑いを覚えることになったのである。
「そうじゃない……とは……」
「ごめんなさい。僕、ずっと氷河のこと恐がって避けてた。それだけじゃなくて、軽蔑しようとまでしてたんだ。ほんとにごめんなさいっ」
「軽蔑?」

なぜ ここでそんな単語が出てくるのか。
まるで訳がわからなかった氷河は、泣き崩れてまともな説明ができそうにない瞬の代理を務められそうな人物を求めて、顔をあげた。
そこに、星矢と紫龍の気まずそうな顔がある。
撒かれた種は、やはり撒いた人間が刈り取らなければならないらしいことを悟り、彼等は微妙に口許を引きつらせていた。






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