「おまえ、どーしたんだよ。今日の闘い方、変だったぞ。今日の敵はどう考えたって、俺たちが――おまえたちがてこずるほどの敵じゃなかったのに」
自身の不調を、瞬も自覚してはいたらしい。
庭に面したベランダに続くラウンジのガラスドアの向こうにある風景に向けていた視線と顔を、瞬は僅かに俯かせた。

「氷河と喧嘩でもしたのか?」
その問いかけに弾かれたように顔をあげ、瞬は、怪訝そうな顔をしている仲間の方を振り返った。
星矢に何ごとかを言おうとしたところに、彼に不調をもたらした男がやってくる。
ラウンジのドアの前に現われた金髪の仲間の姿に気付くと、瞬は途端に顔を強張らせ、素早く氷河に背を向けた。
そして、まるで息を殺して隠れんぼの鬼が通り過ぎるのを待つ子供のように、身体を縮こまらせる。

「おい、瞬。なんだよ、その態度」
2人の間で何があったのかは知らないが、仲間に対する あまりにあからさまな忌避の態度を、星矢は氷河に代わって責めたのである。
しかし、当の氷河は、瞬の様子を特に不快には思わなかったらしい。
その場に瞬の姿があることを認めると、彼はただ無言で踵を返し、その場から立ち去っていった。
瞬が安堵の息を洩らすのが、星矢にもわかった。

「何か変だぞ、おまえら」
尋ねても答えは得られないかもしれないが、問い質さなければ 瞬はそれを積極的に他に知らせようとはしない。
悩み事や迷い事は自分の内にしまっておきたがる瞬の性癖を知っている星矢は、あえて瞬に説明を求めた。
これは、瞬ひとりだけの問題ではないのだ。
アテナの聖闘士たちは、孤独な戦士ロンリーソルジャーではなく、いつも――それぞれがそれぞれの敵と1対1で向き合っている時にも――チームで闘っているのだ。

しばらく無言で唇を噛みしめていた瞬が、やがて彼の仲間にぽつりと呟くように言う。
「氷河が恐いんだ」
「へ?」
何やら想定外の答えが返ってきたことに、星矢は一瞬きょとんとした顔になった。
恐いも何も、氷河は瞬の味方ではないか。

「恐い……って、おまえ、何か氷河に恨まれたり、殴られても仕方ないようなことでもしたのかよ?」
そんなことはまずありえないと思いながら星矢が告げた言葉に、瞬が首を横に振る。
「僕は何もしてない。氷河も何もしてない」
「それなのに、急に恐くなったのかよ?」
瞬は、その問いには、こくんと操り人形のように首をかしげて頷いた。

星矢は訳がわからなかったのである。
誰も何もしていないのに突然瞬を支配し出したという恐怖の正体が、彼には全く見えてこなかった。






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