「うー……」
危機の原因が結果であり、危機の結果が原因である。
星矢は、今 自分が何を為すべきなのかがわからなくなってしまっていた。
氷河と瞬の二人共が被害者で、二人共が加害者である時、正義の味方はどう動くべきなのだろう。
星矢にわかるのはただ、氷河と瞬の両方が悪いからといって両方を退治しても、世界の危機は回避できないということだけだった。

お手上げ状態の星矢の前で、氷河が、長い、だが力のない溜め息を洩らす。
「瞬と 瞬より価値のないものを除いて、何もかもがこの世から消え去ってしまったような気分だ」
彼はそう言って、仲間たちの前から立ち去っていった。

星矢は現状打破の方策も思いつかなかったが、氷河が残していった言葉の意味も理解できなかった。
隣りに立つ紫龍に、その解説を依頼する。
「何が消えたって? 氷河の奴、何を言ってるんだ?」
「何も消えていない」
「何もかも消えたとか言ってなかったか?」
「瞬と 瞬より価値のないものは消えていない・・・といっていたろう」
「あ? ああ」
「つまり、氷河は、この世に存在するものはすべて、瞬以下のゴミだけだと言ってるんだ」
「へ……」
そこまで噛み砕いた解説をされて、星矢はやっと氷河の言葉の意味を理解した。
理解した途端に、怒りがこみあげてくる。
「俺はゴミ屑かよ! ハナかんだあとのティッシュペーパーかっ」
「氷河にとってはそうなんだろう」
「あの野郎ーっ!」

言った当人の姿が完全に消えてしまってから 頭に血をのぼらせている星矢を見て、紫龍は呆れた顔になった。
「何を怒ってるんだ。瞬も同じようなことを言っていたじゃないか。世界には氷河しかいなくなるとか何とか」
「氷河のは、言い方が気に食わねーんだよ!」
思い切りふてくさって、星矢は両の頬を膨らませた。

恋をすると誰でも詩人になるというが、氷河や瞬の やたらと持って回ったような言い方は、それもまた恋の為せるわざなのだろうか。
だとしたら2人は、聖闘士として闘うことができなくなるという危機の他に、他人と意思の疎通を図ることができなくなるという危機まで 背負い込んでいることになる。
少なくとも星矢には、恋する2人の言葉は、その習得が最も困難といわれているアラビア語やスワヒリ語並みに理解の難しい言語だった。






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