「でもさ、その悪魔が何で瞬のところに来たんだよ?」 星矢にとって重要なのは、経緯ではなく結論――つまりは敵の正体、だった。 その結論に至ることのできた星矢は、今度は 真面目に問題解決に向かって始動することにしたらしい。 「そりゃあ、悪魔の狙いと言ったら、何といっても人間の魂でしょう。あるいは、悪魔への生け贄としての血ということになるわね」 恐ろしいことを、沙織はさらりと言ってのけた。 「にしても、ハーデスといい、今回の悪魔といい、瞬って、狙われ体質なのかしら」 「沙織さん」 その軽口を龍座の聖闘士に咎められ、女神が軽く肩をすくめる。 「冗談よ。でも、ハーデスのそれは 彼自身の個人的な趣味にすぎなかったけど、いわゆる悪魔というものも清らかなものが好きなのよ。神に愛されている清らかなものを徹底的に汚すことが、彼等を地獄に堕とした神への復讐になるから。より多くの人間を汚し堕落させることが、悪の世界でのステータスになるというわけ。でも、瞬は悪魔ごときに堕落させられるような弱い人間ではないから、彼等の狙いは瞬の血――瞬の命でしょうね」 「瞬は俺が守り抜いてみせる……!」 氷河が硬い表情をして、低くはあったかが力のこもった決意を表明したのは 当然のことだったろう。 愛を求めてしかるべき相手に死を求めるような暗愚極まりない輩は、この世界から消滅すべきなのだ。 そんなもののために瞬の命が失われることは、決してあってはならない。 そんなふうに決意に満ち満ちた氷河を、しかし、女神アテナは、緊張感のない笑顔で軽く笑い飛ばしてのけたのだった。 「あら、そんなに恐い顔することはないわ。言ったでしょ。ああいう輩が狙うのは、清らかなものなんだって。つまり、清らかな処女や童貞の血。要するに、瞬が清らかでなくなれば、すべての問題はあっさり解決するのよ」 「は?」 「相手は、ハーデスよりも下等なものたちよ。姦淫を罪とするような人間性を無視した宗教が産んだレベルの低い悪魔。精神的な清らかさなんて、彼等にはほとんどわからないと言っていいでしょうね。彼等はただ、彼等が清らかだと思うものを汚して、そうすることによって、悪を礼賛し、強大な力を得ることができると勝手に思い込んでいるだけなの。だから、瞬を肉体的に汚せば、それでOK」 「……」 明るく軽快な沙織の口調とその発言に、氷河が――そして一輝も――言葉を失うことになった。 そんな2人に、アテナが、少し真面目な顔になって釘を刺してくる。 「ただし、瞬の身を守るために女性を利用することは許しません。あなたたちがどうにかしなさい」 「どーにか……って」 絶句している氷河と瞬の兄に代わって、星矢が質問者の役を買って出る。 彼が彼等のアテナに尋ねたのはまず、 「あー……。それって、オトコとでもいいのか? 有効?」 ということだった。 沙織が、彼女の聖闘士に いとも優雅に頷き返す。 「ああいう邪悪なものたちには、自然に反している分、同性同士の交合は異性間のそれよりも汚れた行為ということになるわ。彼等は、清らかなものを汚すことによって、自身の力を増すことができると考えているのだから、瞬がそういうことの経験者になったら、それだけで瞬に対する興味をなくすでしょうね」 「しかし、瞬がターゲットとしての価値を失ったなら、その悪魔とやらは他の犠牲者を探すことになるんではないんですか?」 紫龍の深慮に満ちた質問に対しても、アテナの返答は明瞭かつ朗らかなものだった。 「彼等は肉体の純潔にこだわるけど、だからといって犠牲者は誰でもいいと思っているわけではないのよ。でなかったら、世の処女童貞はみんな彼等の餌食になるでしょう。顔の造作は美しい方がいいし、その表情は清澄であった方がいいし、言動は善であった方がいいし、何より、その人間は特別な存在で故に価値があると思われるものの方がいいの。瞬なんて、どうせ自慰もしたことないんでしょ。瞬ほどの希少価値的童貞は、まあ、あと200年も経たなければ出現しないでしょうから、瞬がオトナになることで迷惑を被る者はいないと言っていいと思うわ。だから、安心してやっちゃいなさい」 「……」 『それが処女神アテナの言うことか!』と、その場にいたアテナの聖闘士たち全員が(言葉にはせずに)思ったのである。 何はともあれ腐っても女神。 青銅聖闘士たちが彼等の女神に相談を持ちかけた甲斐はあったと言えるだろう。 不審者の正体は確定し、その上、その撃退方法までがわかったのだから。 残る問題は、誰が実際に瞬の身を守るのかということだけだった。 |