「俺は急用を思い出した。おまえたちでどうにかしてくれ」
最初にそう言ったのは紫龍だった。
「俺もとりあえず、急用ができた」
遅れてはならじと、星矢が龍座の聖闘士に続く。
彼等は無論、瞬の身を守るために自身の力を貸したくないというわけではなかった。
瞬をオトナにする行為を何が何でもしたくないというわけでもなく――ただただ、そういう仕事をすることによって、瞬を愛する者たちの憎悪を我が身に引き受けたくはなかったのである。

そういうわけで、天馬座の聖闘士と龍座の聖闘士は、そそくさと逃げるように沙織の執務室から退散していった。
その場に残ったのは、必然的に白鳥座の聖闘士と鳳凰座の聖闘士ということになる。

「貴様も急用があるんだろう」
探りを入れるように、瞬の兄が氷河をめつける。
「ない」
氷河はきっぱりと断言した。
その短い一言に、瞬の兄が眉を吊り上げる。

「貴様、まさか、この機に乗じて自分が瞬を汚そうなどと、けしからんことを考えているんじゃないだろうな!」
「邪まなことは考えていない。ただ、貴様に瞬を汚されることだけは阻止する」
「それは俺のセリフだっ」
一輝は、仮定文にしても許せない暴言を吐く氷河を、頭から怒鳴りつけた。
氷河とて、一輝の真意はわかっていたのである。
一輝は瞬が誰かに汚されてしまうことが我慢ならないだけなのであって、彼自身が瞬をどうこうしようとは全く考えていない――ということは。

そして、だが、氷河はそうではなかった。
氷河は――自分が瞬にそう・・できることを全く期待していないと言えば、それは明確に嘘だった。
瞬への気持ちを告げ、愛を交わし、そうすることが瞬の身を守ることにもなるというのなら、これ以上に幸いなことがあるだろうか。
もし、瞬が自分を受け入れてくれたなら、瞬を何よりも大切にする。
誰よりも愛してやる。
瞬が望むならどんなことでもするし、永遠の愛を誓う言葉を雨あられと瞬の上に降り注いでやることにも やぶさかではない。
そう、氷河は思っていた。
しかし、それは、瞬が望まない限り、実現不可能なことなのだ。

「ともかく、アテナの前でこれ以上の問答はやめよう」
一輝が そんな真っ当な提案をしてきたのは、彼の最愛の弟に関することを真顔で苦悩し始めた氷河が忌々しくてならなかったからだったろう。
「とりあえず、瞬の意向を確かめてみたらどうかしら」
アテナの親切な助言に一言の礼も返さずに、一輝は彼女の前で踵を返した。






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