瞬にそんな おぞましい話をしたくはなかったのだが、これはいつまでも秘密にしておけることでもない。
結局一輝は瞬の部屋に向かうことになった。
自分に不利なことを言われる事態を懸念して、当然のごとく 氷河も瞬の部屋に向かう。

氷河の懸念に反して、一輝はアテナの言葉を歪曲することなく、彼の弟に伝えた。
そして、
「というわけで、汚れればおまえの身は安全なんだ。その役を引き受けたいと、氷河が名乗りをあげている」
と言った。
「あの……」
突然 兄にそんなことを言われて、瞬は尋常でなく戸惑ったようだった。
一瞬あっけにとられ、それから瞬は顔を俯かせてしまったのである。

単刀直入に過ぎる一輝の言に戸惑ったのは、瞬だけではない。
それは氷河も同様だった。
というより、氷河は、むしろ慌ててしまったのである。
そんな言い方をされてしまったら、瞬に、白鳥座の聖闘士はよこしまな思惑でいっぱいの下劣で図々しい男と思われかねない。
氷河はすぐに一輝の言葉に訂正を入れた。

「名乗りをあげているわけじゃない! ただ、他の誰にも汚させたくないと言っているだけだ」
「おまえはどうしたい?」
氷河の見苦しい弁解など聞いていられないと言わんばかりの態度で、一輝がさっさと話を進めていく。

「どうしたい……って」
瞬は顔を伏せたまま、上目使いにちらりと氷河に視線を投げてきた。
その目に仲間を軽蔑しているような色は、(氷河にとっては幸いなことに)なかった。
が、この事態を喜んでいるふうもない。
瞬は正しく戸惑っていた。
瞬の戸惑いが、氷河の胸に実に複雑な思いを生ぜせしめる。
嫌っているわけではないが、そんなことを喜んで受け入れられるほど好きでもない。
白鳥座の聖闘士に対する瞬の気持ちは そういうところなのだろう。
氷河は、喜ぶことも落胆することもできなかった。

「他の奴がいいのなら、女でも男でも、俺がそいつを口説いてきてやるぞ。誰だって氷河よりは ましだ」
一輝のとんでもない提案には、さすがの瞬も優雅に戸惑ってばかりもいられなくなったらしい。
彼は気負い込んでいる兄を押しとどめた。
「兄さん、ちょっと待ってください。そういうことをしないっていう選択肢はないんですか」
「そうできるなら それがいちばんいいが、そうなれば、おまえはこれからもずっと得体の知れない者につけ狙われ続けることになる。そんな状態が続けば、周囲に迷惑をかけることもあるかもしれん。おまえ自身がアテナの聖闘士としての務めを果たすことの障害になるかもしれんだろう」

「それは……でも……」
兄の言葉に瞬が口ごもり、躊躇の様を見せる。
現状打破のための代替案がないだけに、瞬も兄に強く反論する術がなかったに違いない。
瞬は眉根を寄せ、再びその顔を伏せてしまったのだった。






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