瞬の苦悩する様を、物陰からこそこそと盗み見、瞬とその兄と瞬に懸想している男のやりとりを盗み聞いている者たちがいた。
事の成り行きを固唾を呑んで見守っている瞬の仲間たちと、女神アテナである。

「やっぱり、この計画を実行するのは一輝がいない時の方がよかったんじゃないかしら。そうすれば、氷河の行動を妨げるものは氷河自身の内心の葛藤だけということになって、瞬を守るためにそうすることが必要なんだとけしかけるだけで、氷河も意を決して――」
僅かに1センチほど開けられた瞬の部屋のドアの外側で、沙織が低い声でぼやく。
そんなアテナのぼやきを、龍座の聖闘士は真っ向から(しかし低い声で)否定した。

「抜け駆けは卑怯というものです。こういうことは、やはり正々堂々と仁義を通して、一輝がいる時に行なうべきでしょう」
「だよなー。瞬の方から氷河にせがんでいったってのなら話は別だけど、そうでないなら、『鬼のいぬ間に』ってのは せこいやり方だと思うぜ」
「あとあと禍根を残しかねないしな」
「そういうものかしら……」

どんな武器を使っても、どんな戦法を用いても、相手の心を射止めた者が勝者である恋愛という戦いにおいて、男の仁義を通すべきだと主張する星矢と紫龍に言いたいことは多々あったのだが、沙織はその場ではそれ以上は何も言わなかった。
氷河が恋した相手は、尋常の兄弟愛とは何かが違うもので結ばれている兄弟の片割れなのだ。
こうあるべきだと 常識で決めつけることはできないし、決めつけたところで そんな決めつけに意味はない。
それを決めることができるのは瞬だけなのだ。
それくらいのことは、この恋愛においては第三者にすぎない沙織にもわかっていた。






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