一輝や氷河以上に 瞬の決定に慌てさせられたのは、星矢と紫龍、そして彼等の女神だった。
こういう仕儀になったなら、瞬か氷河のいずれかが そういう行為を遂行する決意に至るものと、彼等は踏んでいたのだ。
踏んでいたからこそ、彼等はこんな茶番を仕組んだのである。

「これは想定外だわ。絶対に瞬も氷河に気があるんだと思っていたのに。じゃあ、星矢、紫龍、あとは頼んだわね」
「沙織さん…… !? 」
実は、“悪魔”の振りをして昨夜 瞬の部屋に忍び込んだのは、星矢と紫龍だったのである。
どう見ても好き合っているのに一向に進展しない仲間たちに焦れて、彼等はその茶番を決行した。
小宇宙から気配を読み取られないようにするために、彼等は沙織の協力を取りつけた。
彼等の計画を面白がった沙織は、氷河をその気にさせるため――というより、煙に巻き混乱させるために――訳のわからない宗教談義までかましてくれたのだ。
それらのことは、決してこんな結末に至るために仕組んだものではなかったというのに――。

「あとは頼んだって どういうことだよ、沙織さん!」
「どういうこと……って。始めた茶番には落ちをつけなくちゃ治まりがつかないでしょう」
急転直下の展開に慌てている星矢に、沙織は至極あっさり そう言った。
「落ち――って、どうやって……」
「瞬と闘った悪魔が瞬に退治されて、一件落着にならなければならないということよ」
「闘うって、誰がですか」
「あなたたち以外に誰がいるの。安心なさい。この私が“悪魔”の正体はあなたたちだとばれないように完璧な煙幕を張ってあげるから」
「さっ……沙織さん〜っ !! 」

既に声のボリュームを抑えることを 星矢たちはすっかり忘れていたのだが、ドアの向こうの部屋にいる3人は――正確には、2人は――瞬の決意に慌てふためいていたため、星矢たちのやりとりが一輝や氷河に知られることはなかった。
「俺たちが瞬と闘う…… !? 」
そんな命知らずなことをするくらいなら、大神ゼウスやアポロンの前で裸踊りをする方が余程ましである。
しかし沙織は、彼女の考えついた落ちを、必ず実行されなければならない決定事項にしてしまっていた。

泣きついてアテナの決定を覆すことができたなら、アテナの聖闘士たちに苦労はない。
結局その夜、アテナの力を借りて悪魔に扮した2人は、瞬と壮絶なバトルを繰り広げることになってしまったのである。


瞬は、いつになく躊躇のない闘い方をした。
期待を裏切られて やけになった氷河や、最愛の弟を狙う敵に手加減なしの一輝が 瞬の加勢に加わって、アテナの聖闘士たちの戦いは、それがほとんど意味のない戦いであるにも関わらず――戦いというものは、いつも無意味なものであろうが――熾烈激烈なものになった。
あの瞬と、気の立った氷河と一輝を向こうにまわして闘って、それでも星矢と紫龍が命を落とさずに済んだのは、ひとえにアテナの加護があったからだったろう。
それが悪魔の消滅の声と瞬が信じた断末魔は、決して星矢たちの演技の声ではなかったのであるが。






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