人が不味い料理に文句を言えるのは飢えていないから、狭い家を不便に思えるのは住む家があるから、恋の悩みに身を任せていられるのは生命を危険にさらされていないから、である。 女神アテナはそう思っているようだった。 氷河が自身の存在意義と価値を見い出せずに煩悶しているところにやってきて、彼の仲間たちから事情を聞いたアテナは、彼女の可愛い聖闘士の悩みを解決するために 尽力してやろうという素振りを全く見せなかった。 彼女は、恋の悩みに身を浸す氷河を呆れたように一瞥すると、いとも華麗に白鳥座の聖闘士を鼻で笑ってみせた。 「まあ、地上の平和と安寧を守るために命を賭けるはずのアテナの聖闘士が恋の悩みだなんて、優雅なことね。恋の悩みもいいけど、そういうことは後回しにしてくれるかしら。聖域に不穏な空気を感じるの。邪悪というのじゃないけど、これまでになく不穏な空気よ。心配なので、明日にでもギリシャに向かうことにしたわ」 これまで仲間の恋の行方を懸念しつつも どこか緊迫感を欠いていた星矢が、沙織の言葉を聞いた途端 全身に緊張感をみなぎらせる。 アテナの聖闘士の本業は恋にうつつを抜かすことではなく、恋の悩み相談室のカウンセラーを勤めることでもなく、地上の平和と安寧を守ることだという事実を思い出したらしい星矢は、瞳を輝かせ張り切って、アテナの指示に頷いたのだった。 |