翌日、太陽がまだ中天に至る前、星矢と紫龍はとんでもない場面に出くわすことになった。
場所は、聖闘士たちの私室が並んでいる城戸邸の二階の廊下。
その突き当たりにあるコーナーテーブルには、いつも瞬が花と水を変えている花瓶が置かれている。
そのすぐ側で、立ったまま 彼等の友人たちが穏やかならぬ振舞いに及んでいたのだ。

瞬は自分の身を 壁に押し当てた頭と左の爪先だけで支えている。
瞬の右の脚は大きく広げられた格好で、氷河の左の腕によって抱え上げられていた。
瞬の両手は氷河の首と髪に絡みすがることによって、何とか身体が床に崩れ落ちることを防いでいる。
氷河はほとんど着衣のままだったが瞬はそうではなく、まだ氷河の身体を着ている方が、見物人も目のやり場に困らない――というありさまだった。

「ああああああっ」
なにしろ廊下というものは声が響くようにできている。
星矢たちは、家政婦でもないのに、そして夜でもないのに、とんでもない場面を目撃し、とんでもない声を聞くことになってしまったのである。

「うわ……」
そこで2人を引き離すことの不可能は一目瞭然だった。
なぜ悪さをしていない自分たちの方が こそこそとその場を退散しなければならないのだと憤りつつ、星矢は紫龍と共に足音を忍ばせて階下に繋がる階段をおりていく羽目に陥ったのである。


「瞬、氷河を振り回すのは いい加減にしろよっ。これが俺たちだったからいいようなものの、あんなとこ、沙織さんや使用人たちに見られたらどうすんだよ!」
それからしばらく経ってから、何食わぬ顔をして――頬はまだ紅潮していたが――ラウンジに入ってきた瞬を、星矢は当然、大きな声で非難することになった。
不一致ではなく一致なのだから、そこに問題はないと思っていたのに、やはり問題はあったのだ。

「え……?」
何を言われたのか、最初瞬はわかっていないようだった。
なぜ自分が責められるのかもわかっていないように見えた。
が、やがて星矢の叱責の理由と意味を理解すると、瞬は顔を真っ赤にして星矢に噛みついてきたのである。
「なに言ってるのっ! どうして僕が氷河を振り回してることになってるの!」

エルズーリー・フレイダ。
ヴードゥーの愛の女神は、完璧な性技で男を惑わし虜にし、周囲の者たちを不幸にしてまわる。
しかし瞬は、やはりそんな女神ではなかったのだ。






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