「氷河は、他人に見られるかもしれないというスリルを求めているのではなくて――実際に見られたいのかもしれないな」 「露出狂かよ?」 何かというと身に着けているものを吹き飛ばしてしまう――つまりは露出狂の――紫龍の発言には、それなりの信憑性がある。 「そうじゃなくて――氷河が人に見せつけたがっているのは自分たちの性行為ではなく、瞬がいつでもどこでも自分の求めに応じるという事実なんじゃないかと言ってるんだ」 氷河と同類と思われることが不本意だったのか、紫龍は星矢の蔑みめいた言葉を即座に否定した。 「氷河は、瞬は俺のものだから誰も手を出すなと、世界中に言ってまわりたがっている――ということだ」 「あ、なーるほど」 星矢は、紫龍の見解に異議を唱えなかった。 『氷河が露出狂かもしれない』という推測より、『氷河は異様に独占欲の強い男である』という見方の方が、彼には納得できる意見だったのだ。 瞬も紫龍の言を否定しなかった。 瞬自身、以前から薄々そうなのだろうと察していたらしい。 そして、瞬は 瞬で瞬なりに、その傍迷惑な氷河の性癖の被害を最小限に抑えるための試行錯誤を続けていたものらしかった。 「うん、多分……。あ、でも、最近わかったんだ。『いい』って叫ぶと、氷河 安心するみたいなんだ。失神した振りするのも有効。気を失っちゃうのは振りじゃないんだけど、そのあとわざと意識を取り戻さない振りをしてるの。そうすると氷河は、それ以上は回数重ねようとしなくて――」 自らの研究の成果を得意げに仲間たちの前で発表し始めた瞬の声のトーンが、突然沈んだものになる。 それは得意げに披露できるほど普遍的かつ決定的な成果ではなかったことを、なにしろ瞬はつい先刻思い知らされたばかりだったのだ。 「でも、それが今日は裏目に出ちゃったみたい。別の手を考えなくちゃ」 瞬は、氷河をきっぱりと拒絶するつもりは、全くないらしい。 こんな状況の中に我が身を投げ込まれても、氷河を好きでいる瞬の気持ちは少しも揺らいでいないようだった。 だが、どれほど熱愛し合っている恋人同士でも、彼等が2人の別個の人間である限り、何もかもが一致しているわけがない。 実際、それは一致していなかったのだ。 しかし、瞬は、そんな事実を指摘して氷河を落胆させたり、氷河の機嫌を損ねたりしたくないのだろう。 氷河の思い込みは、ある意味 非常に特殊な思い込みであり、それは世の中にごろごろ転がっている類の代物ではない。 だが、氷河に限らず人間というものは、多かれ少なかれ そういった思い込みを抱いて生きているものである。 そして瞬は、氷河を傷付け失いたくないから、現状打破のための研究を続けながらも、氷河の思い込みを頭から否定することはせずにいる。 氷河の思い込みの内容が特殊なだけで、それは人の世にありふれている事象かのかもしれなかった。 |