「氷河って、不必要に綺麗だよね」 瞬の口調は、突き放すようにぶっきらぼうだった。 『不必要に』という形容動詞を、瞬がどういう意味で使っているのかを考えるまでもなく、それが褒め言葉ではないことが、氷河にはわかった。 「そんなふうに無意味に綺麗だと、色々大変じゃない? 実力を正当に評価してもらえなかったりして」 瞬が今 不機嫌でいるということはわかったのである。 しかし、氷河は、その原因に心当たりがなかった。 相当無理のある解釈をすれば いたわりに聞こえなくもない瞬の言葉の意味も、氷河は今ひとつ理解しかねた。 実力を評価するも何も、アテナの聖闘士たちが生きているのは、生き残った者が強いとされる世界である。 誰かに『強い』と評価してもらわなくても、生き残ることでそれは証明される。 現実には 力で勝る者が必ずしも勝利するとは限らないが、たとえそういう評価を得ることができなくても、生き延びること、今 生きているということは、どんな評価にも勝るものだろう。 生きている者には、可能性というものがあるのだ。 「昔、すごく綺麗な顔をした俳優さんがいて、どんなにいい演技をしても、どんなに人気が出ても、それは容姿の力だって言われて、演技力を評価してもらえなかったんだって。それで、その人は整形手術でわざわざ自分の顔を醜く変えて、それまでの二枚目路線とは違う役柄に挑戦して大成功を収めてたんだ。女性ファンの人気は落ちたけど、正当に演技力を評価してもらえるようになったんだよ」 瞬が何を言わんとしているか、氷河は本気でわからなかったのである。 「まあ……その男の、評価されることへの執念は評価するが」 探りを入れるために告げたその言葉が、一層瞬の機嫌を損ねてしまったらしい。 瞬は むっとした顔になり、今度は別の切り口から氷河に噛みついてきた。 「美貌を鼻にかけるのはね、自分に美貌に勝る長所がないことを吹聴してまわってるようなものだって、アリストテレスが言ってるよ」 きっぱり言い切ってから瞬は、 「……ニーチェだったかな」 と、心許ない修正を加えた。 (それを言ったのは、レスピナクだ) と、今この場で訂正文を提示することは、氷河には はばかられた。 代わりに、なるべく攻撃的な口調にならないように、瞬に尋ねる。 「俺がいつ、そんなものを鼻にかけたんだ?」 瞬から返ってきた答えは、実に理不尽だった。 「氷河の顔がそう言ってるよ」 「あのな……」 そうまで言われてしまっては、さすがの氷河も反論の言葉が出てこない。 氷河は両の肩に疲労を乗せて、ひっそりと吐息するしかなかったのである。 そんな乱暴な理屈を振りかざすのが瞬でなかったら、『それは僻みだ』と、氷河は即座に断じていただろう。 だが、瞬が相手ではその理屈は通じない。 少なくとも、自分たちが人目のある場所を連れだって歩いていれば、道行く人々の目の半分は、瞬に釘付けになるのだ。 ――もっとも、瞬に目をとめるのは 10割中10割が男性陣で、瞬自身はそういうふうに他人に注目されることをひどく嫌っていたが。 瞬は、自分が理のない癇癪を起こしていることを自覚しているらしい。 氷河が嘆息する様を見ると、彼はそれきり口をつぐんでしまった。 |