「知らない人……?」
瞬の答えを聞いて、その場にいた者は皆、一様に驚き 目をみはった。
顔だけの男と評されたことには反応らしい反応を示さなかった男も、これには はっきりと意外の感をその顔に浮かべている。

「占い師だって言ってた。西洋の魔法使いみたいに長くて黒いケープを着てて、顔は見えなかったけど、でも、だから不思議な雰囲気がする男の人……。ちょっと前、すずめやにどら焼きを買いに行った時、お店を出たとこで急に呼び止められて、見料はいらないから占わせてくれって言ってきたんだ。僕は今 幸せいっぱいだし、悩んでることも迷ってることもないって言って断ったんだけど、どうしてもって言うから……」

そんなどこの馬の骨とも知れない、もしかしたら悪意をもって近付いてきたのかもしれない赤の他人の言うことを、なぜ瞬は信じる気になったのか。
瞬の仲間たちは、どうにも合点がいかなかった。

「その占い師さん、最初はいいことばっかり言ってたんだ。僕 嬉しくて、機嫌よく話を聞いてたんだけど、急に、僕が今付き合ってる相手は顔だけの男で、二人の交際は不幸をもたらすだけだからよくないって言い出して……。僕、そんなはずないって言ったんだけど、僕が派手な顔をした男と付き合ってる限り、僕だけじゃなく、その相手の人も不幸になるって……。互いに傷つけ合って結局別れることになるだけから、傷を深める前にそんな男とはさっさと別れて、地味で普通の顔をした男と付き合うようにした方が互いのためだって……」

「おまえ、それを真に受けたのかよ……」
驚くことに相当量のエネルギーを使ってしまったらしく、そう尋ね返す星矢の声には ほとんど力も抑揚もなかった。
疲労感漂う星矢の言葉に仲間の浅はかを責める気持ちが含まれていることは、瞬にもわかったらしい。
瞬は項垂れるように、顔を俯かせた。
「だって、それ以外のことは全部当たってたんだよ。僕たちに親がいないことも、僕に兄さんがいることも、氷河のマーマのことも、他人の家で暮らしてること、つらかった頃のこと、僕が人を傷付け続けてきたこと――。それに、あの……僕が男だってことも、ちゃんとわかってるみたいだったし……」

その占い師とやらが、本当に瞬とは初対面の赤の他人だったのであれば、一目で瞬の性別を誤たずに見破った彼は、確かに慧眼の持ち主である。
そう思ったことは おくびにも出さず、紫龍は、澄ました顔で瞬に告げた。
「そんなことは調べればわかることだ。もしかしたらそれは新手のサギの手口か何かじゃないのか」

瞬が、突然、伏せていた顔をあげる。
それから瞬は、泣きそうな顔をして、だが 激した口調で、彼が その素性の知れない男の言を信じるに至った根拠を、仲間たちに向かって訴えてきた。
「あの人は、僕には血縁に勝る強い絆で結ばれた仲間がいるはずだって言ったんだ。その仲間を大切にして、支え合っていれば、どんな困難だって必ず乗り超えられるって!」

「それは……」
瞬の仲間たちは、瞬の激昂に一度だけ低く呻いた。
それきり言葉を失う。
そう言われてしまったら、瞬は、どこの馬の骨とも知れない男の言葉を信じないわけにはいかなかったのだろう。
その胡散臭い男は、他のことへの言及内容はどうあれ、瞬の人生の指針というべき部分の核心を突き、それを力強く肯定してくれたのだ。
これまで通りに その指針に従って生き続けていくために、そして自分と氷河が不幸にならないために、瞬はどうあっても氷河に地味な男になることを求めないわけにはいかなかったに違いない――。






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