星矢が仲間たちを連れていったのは、城戸邸の図書室にあるパソコンコーナーだった。
一台のパソコンの電源を入れ、ネットに接続して、なにやら全体的なイメージがピンク色をした、とあるブログのページを開く。
画面表示が妙に遅いのは、城戸邸のネット回線やパソコンのスペックの問題ではなく、リンク数・被リンク数の多いブログ特有の構成のせいなのだろう。
そして、それだけではなく――そのブログは、どうやらアクセス数が異様に多いサイトらしく、サーバーに相当の負荷がかかっているせいでもあるようだった。

「ここ、サガのブログなんだけどさ。今、すげー人気なんだ。アクセス数もトラバ数も俺のおやつブログの1万倍はある」
「星矢のおやつブログのアクセス数が1日10アクセスだったとすると、日に10万アクセスか」
紫龍の算出した数値を聞いた星矢は、一瞬 自分の頭の中で再計算を行なった後、
「5000倍くらいかな」
と言い直した。
が、それでもそのアクセス数は尋常の数ではない。

表示されたページの上部中央には、ポップ調の字体で、『街で見かけた可愛いコ 百態』なる文字が並んでいる。
もちろん表示されているのは日本語ではなくギリシャ語なのだが、それは紫龍を渋い顔にするのに十分なだけの力を持っていた。

「なんだ、この時代遅れのタイトルセンスは」
紫龍の意見は至極尤もだったのが、ブログで重要なのはタイトルセンスではなく、その内容である。
いかに多くの人間の興味を引くテーマを提供することができるかどうか、そのただ一事がブログの価値を決めるのだ。
その点で成功しているからこその『5000倍』なのだろう。
星矢は、画面に映るページを下にスクロールさせながら、5000倍が5000倍たるゆえんを仲間たちに説明し始めた。

「『百態』っていうのがミソなんだ。どっかから可愛い女の子見付けてきてさ、ほんとに100枚、違う表情の画像を載せてコメントしてくんだ。俺が思うに、瞬につまんねーこと吹き込んだ占い師は、多分サガ本人で、あれこれ適当なことを言いながら、瞬を隠し撮りしてたんだと思う。奴は、ターゲットのいろんな表情を撮るために、嬉しがらせて笑わせたり、怒らせたり、驚かしたり、泣かせたりするんだ。ほら」

星矢の指し示した画面に、『街で見かけた可愛いコ』の写真がずらずらと表示される。
そこには、笑った顔、驚いた顔、不安そうな顔、伏目がちな顔、その他ありとあらゆる表情をした瞬の写真が、これでもかと言わんばかりの勢いで並んでいた。
その一枚一枚にブログ主の丁寧なコメントがついていて、中には『彼女・・は泣いている顔がいちばん可愛い』などというふざけたものまである。
100枚の画像の下には、この記事に関するコメントが、国際色豊かに果てしなく並んでいた。

『すごい可愛い子ですねー!』
『She is very very cute !』
『Lei è molto molto graziosa!』
『Elle est très gentile!』
『sie ist sehr schön!』

トラックバック数が500件、コメント数が1000件を超えて、それ以上の表示が不可能になっている。
閲覧者の国籍は、どう見ても20カ国以上に及んでいるようだった。
コメントのほとんどは意味のない感嘆文ばかりで、その有り様は、『多くの人間が様々な意見を交換し合う』というブログ本来の趣旨からは外れているのだろうが、なにしろ『写真は文字以上にものを言い』。
このブログに集う者たちの気持ちは、ただの一閲覧者にすぎない紫龍たちにも ひしひしと伝わってきた。

「すごい人気だな、瞬」
殺意を帯びた目で瞬に睨まれて、紫龍は慌てて発言を訂正した。
「アテナ殺害を企てたこともあるほどの男が、こんなナンパな真似をしでかすとは、実にけしからん」

「なんだ、これは」
氷河は静かに怒っている。
握りしめた両の拳がぶるぶると震え、目の前にあるパソコンどころか、全世界に張り巡らされたWWWシステムの消滅をさえ試みかねないほどに――彼の怒りの小宇宙は絶対零度に近付きつつあった。






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