氷河の怒りは至極当然のものだと、星矢は思っていたのである。 自分の顔ならともかく、瞬の顔を見世物にされて、氷河に冷静でいることを求めるのは無理な話なのだ。 だが、星矢は、サガがこんなブログを開設するに至った事情を知っているだけに、一方的にサガひとりを責める気にはなれなかったのである。 星矢は実は、こんなナンパなブログを運営している双子座の黄金聖闘士に同情めいた思いを抱いていたのだ。 「サガはさ、最初はバスタブ・ブログを運営してたんだよ」 「なんだ、それは」 「自分の愛用のバスタブが、いかに素晴らしいかを切々と訴えるブログ」 「はあ……?」 怒りに燃えていた氷河の小宇宙が、ふいに、ぷしゅ〜と空気の抜けていくエアクッションのように しぼんでいく。 紫龍も、しばし虚を衝かれたような顔を呈することになった。 彼等の反応はもっともなものだったろう。 そんなブログにどんな存在意義があるというのだ。 「せめて、いろんな会社の製品の使い心地を評価するブログだったなら、まだ少しは需要もあったのかもしれないけど、サガは自分の愛用のたった一つのバスタブにしか興味も愛着もなかったらしくてさ。その風呂の適度な大きさだの、最適の形だの、高貴な色だの、最高の使い心地だの、そんなことばっかり、毎日毎日自慢口調で書きなぐってたんだ」 「そんなブログに誰が興味を持つんだ?」 超の字がつくほど、根本的な疑問である。 星矢は紫龍に肩をすくめてみせた。 「当然、人気もなくてさ。黄金聖闘士たちのブログの中でアクセス数もトラバ数も最低――つーか、ゼロ。アルデバランの牛肉部位食べ比べブログの方が、100万倍も人気があった」 比較対象がゼロなのであれば、100万倍も1億倍も大した差はない。 紫龍は、今度は無意味な算術式を持ち出すことはしなかった。 「いつも偉そうにしてたのがたたって、サガの奴、他の黄金聖闘士たちに ここぞとばかりに馬鹿にされることになったんだよ。そんなふうに世間のニーズがわかってない奴だから、アテナ殺害だの聖域支配だのと馬鹿なことを考えて失敗するんだとか、まあ色々」 青銅聖闘士たちは、黄金聖闘士たちの中でも特に口の悪そうな数名の顔を思い浮かべた。 サガは彼等にさぞかし辛辣なことを言われたに違いない。 サガが黄金聖闘士数名に言われたであろう侮蔑や皮肉を、その内容だけでなく口調まで、氷河や紫龍は容易に想像することができた。 「サガの奴、散々言いたいこと言われて、ついに堪忍袋の緒を切っちまったらしくてさ。ある日突然『メジャーで人の集まるブログを作ってやるー』って吠えて、このブログを作ったんだ。可愛い女の子の写真を並べておけば、世の助平男共がいくらでも集まってくるんだとか、自虐的なこと言ってさ。自分では最高だと思ってた自慢のバスタブの価値を誰にも認めてもらえなかったのが滅茶苦茶ショックで、ヤケになっちまったらしい」 「それで、ちゃんと受けるブログを作れてしまうあたりはさすがだな。腐っても元教皇というところか」 紫龍の感嘆には、星矢も頷いた。 世の人々が何を求めているのかを把握し、また求められているものを与えることができたからこそ、彼は教皇でい続けることができていたに違いない。 人心掌握の術に関しては、やはりサガは黄金聖闘士中随一の男ではあるのだ。 「掲載する女の子を厳選してるんだ。各国1人だけって決めてるらしくて、サガんとこには、シロートの一般人からデビュー済みのモデルや女優まで、自分を載せてくれって売り込みもいっぱい来てるらしい。日本代表が瞬だったんで、随分手近なところで済ませたなーと思ってたんだけど、こんなすげーことになってたんだな……」 延々と続く国際色豊かな瞬へのコメントを呆れたように眺めながら、星矢は嘆息した。 彼は、瞬の写真がこのブログに登場した日以降、自分の中で、サガのブログの存在をなかったことにしてしまっていたのである。 氷河に知れたらどんなことになるかわからないと危惧して、彼はパソコンの閲覧履歴もブックマークも完全に消し去っておいたのだった。 「ということは、氷河が地味顔に見えるようになったのは、メルヘンのせいではなく、サガの幻朧拳の為せるわざか」 「占い師も、大荷物を持ったじーちゃんってのも、サガが化けてたんだと思う。ターゲットの自然な表情を撮るために、かなり仁義に外れたこともするから、謝礼もアフターサービスも万全とか言ってたから」 「瞬の写真を無許可で掲載したのでさえなかったら、誠意あるやり方ではあるな」 呟くようにそう言ってから、紫龍は、少々恐怖に似た思いを抱きながら、この騒ぎの最大の被害者である瞬の方へと、視線を巡らせた。 |