chain mail






世の中っていうものは、矛盾をはらんだものだ。
便利になっているのか不便になっているのかがわからない。
その気になればパソコンだの携帯電話だのでメールを打って、遠くにいる人間といくらでも意思の疎通を図れる環境は整っているっていうのに、いざその機能を使おうとすると、それができないんだから。

個人情報や企業機密の流出入を回避するためとかで、グラード財団が提供しているサーバー上でやりとりされるメールはすべて、情報管理者にモニタリングされているらしい。
当然、城戸邸内にあるPCで送受信されるメールもだ。
へたなメールを書いて、それを他人に読まれたらたまったもんじゃない。

ケータイでは長い文を書けないから、せいぜい『俺はおまえを好きだ』くらいのことしか伝えられない。
そのケータイメールですら、おまえは着信拒否の設定をしている。
電話にも出てくれない。
文明の利器も、こうなるとただのがらくただ。
その上、じかに会うことは、おまえに避けられて不可能。

結局、俺はこうして古風な手紙を綴ることになったわけだ。
直筆の手紙なんて、5歳の時にマーマ宛にクリスマスカードを書いて以来だ。
下手な字を許してくれ。

瞬、おまえは俺の嘘に気付いていると思う。
熱があって頭がぼうっとしていたとか、酒を飲んでシラフじゃなかったとか、その場しのぎの嘘で自分の失態を糊塗しようとしたことは謝る。
確かに、俺はあの時 熱もなければ酒も飲んでいなかった。
おまえにのぼせてはいたし、おまえに酔ってはいたが、自分の判断力を鈍らせるどんな外的要因も、あの時の俺は抱えていなかった。

瞬、俺はうぬぼれていたんだろうか。
俺がおまえを好きでいる、その100分の1くらいは、おまえも俺を好きでいてくれると、そう思っていた俺はただの勘違い野郎だったんだろうか。
俺がおまえを求める気持ちの100分の1といったら、その辺りでただの気軽な遊びとして恋の真似事をしている奴等の1億倍は強い心だ。
俺は、だから、俺がおまえを求めたら、おまえは必ず俺を受け入れてくれると信じていたんだ。
まさか おまえがあんなに嫌がって、泣き出しさえするなんて、思ってもいなかった。
俺は、おまえにそんなにひどいことをしようとしたんだろうか。

おまえのすべてを見たい、おまえを強く抱きしめたい、おまえが俺を好きでいてくれることの証に、おまえの中に俺を受け入れてほしいと望むことは、そんなに理不尽で――おまえの意に沿わないことなんだろうか。
俺たちがそうなる時のことを、これまで俺が幾度も夢に思い描いてきたと告白したら、おまえは俺を軽蔑するんだろうか。

おまえに嘘はつきたくないから、正直に言う。
今、この手紙を書いているたった今も、俺は、俺がおまえの中にいる時のことを思い描いている。
自分で自分が抑えられないんだ。
子供のように我儘だと、子供のように求めるだけなのかと、俺を責めたいなら責めてくれて構わない。
一度でも――ただの一度だけでも、おまえが俺を受け入れてくれたら、俺はそれだけで安心して、子供みたいにおまえを求めるだけの この状態から抜け出せると思う。
少しは大人の愛し方ができるようになると思う。
おまえは頑固なまでに潔癖で、一度俺のものになったら、俺への貞節を死んでも守ろうとするだろうから。

俺が こんな卑怯でずるい考えを正直に打ち明けるのは、おまえを愛している俺の気持ちを、おまえに信じてもらいたいからだ。
俺は、おまえの身体と心を俺だけのものにするためなら、どんな無様なこともする。
卑怯なことも、こうして同情を買おうとすることもする。

こんな告白は、おまえには不快だろうか。
俺は、おまえに嫌われるようなことを、自分からしているんだろうか。

自分がとても馬鹿なことをしているような気がする。
だが、止められないんだ。
俺はどうしても、身体を隠す邪魔なものを全部取り除いた裸のおまえが、おまえのすべてを見ることを俺に許してくれることを期待せずにはいられない。
そして、おまえの腕が俺を抱きしめ、その身の内に俺を受け入れてくれる瞬間を思い描かずにはいられない。

もちろん、おまえが嫌だというのなら――今は嫌だというのなら、これまで懸命に耐えてきたように、俺はこれからもそうするつもりだ。
たとえ、それで俺がおまえに焦がれ死んでしまっても、おまえが俺以外の誰かのものになったりしないのなら、それで俺は我慢することができるし、おまえを恨んだりもしないと思う。

いや、これまでのことはどうでもいいし、これからのこともどうでもいい。
ただ、俺は、今、おまえに許してもらいたいだけなんだ。
おまえの意思を無視して自分の望みを叶えようとするような、あんなことは二度としない。
実際、俺は、おまえに泣かれて、思いを遂げるのを途中でやめただろう?
俺が望んでいるのは、力で無理におまえを捻じ伏せることじゃなく、おまえに受け入れてもらうことなんだ。

おまえの気持ちを確かめたくて、急ぎすぎたことは反省している。
おまえが許してくれるというのなら、俺は土下座でもするし、アンドロメダ姫を手に入れたペルセウスのように鯨の化け物の10頭や20頭を退治することだってする。

瞬、許してくれ。
部屋に閉じこもるのをやめ、俺を避けるのをやめて、以前のように俺を見てくれ。
俺と口をきいてくれ。
今はそれ以上のことは望まない。
おまえを求める心の高ぶりを、ありったけの忍耐と自制心を駆使して、おまえが望む程度にまで鎮めるための努力をすることを約束する。
だから、おまえが欲しくて気が狂いそうになっている男に、少しでいいから同情してくれ。
そして、あんなことをした俺を許してほしい。


命より大切な俺の魂へ

哀れな男より






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