「そーいや、瞬って、これまでマトモに見たことがなかったんじゃないか、おまえのあの奇天烈な踊り」 「俺たち聖闘士の闘いはサシでそれぞれの場所で闘うことが多いし、同じ場所で闘っている時も、俺たちが精神を集中させているのは、自分に向かってくる敵に対してだからな」 石像になってしまった瞬を城戸邸に運び入れるのに、さほどの苦労はなかった。 瞬は本当に石になってしまったわけではなく、ゆえに その体重は元のまま。聖闘士なら容易に片手で持てるほどの重さしかなかったのだ。 もっとも、石のように硬直した瞬の身体を お姫様抱っこで運んでも、氷河は王子様の気分を 城戸邸のラウンジに飾られた瞬を眺めて、氷河の仲間たちが告げたのは、その原因を氷河に帰する言葉だった。 認めなくないことをあっさり言われて、氷河は低い呻き声を洩らすことになったのである。 「瞬が石になってしまったのは、やはり俺のあの踊りを見てしまったせいだと思うか」 「あんなもん見せられたら、誰だって凍りつくだろ。瞬はまして……なんだっけ、ぜんざいとか、ブリザードとか」 「繊細でデリケートだ。星矢、わざとか」 「まあ、ここは笑いが必要な場面だろ」 凍りついた表情の氷河を見ながら星矢が言ったくだらない冗談に、氷河は全く笑うことができなかった。 紫龍が同情にたえない様子で(無論、氷河ではなく瞬への同情である)、浅く顎をしゃくるように頷く。 「しかも、その奇天烈な踊りを踊った男が、生まれて初めて好きになって、その身を奉げた相手なんだから、瞬のショックも大きかったんだろう」 「貴様……」 なぜ知っているんだと、気負い込んで紫龍を問い質しかけた氷河の視界の端に、今は無言で動かない瞬の姿が映る。 途端に、氷河の気力は萎えてしまった。 なぜ紫龍がそんなことを知っているのか、いつ気付いたのかなどということの答えがわかったとて、瞬が元の瞬に戻ることはないのだ。 「瞬の奴、ちょっと勘違いしてるとこがあったもんな。時々、氷河はかっこよくて優しくて――とか、頓珍漢なこと言ってたし」 瞬にそう思われるために氷河がどれほど苦労していたのかを知らない星矢が、瞬の勘違い振りに、まるで非難するような口調で言及する。 彼の認識では、『瞬が石になってしまった根本的な原因は、人を見る目のない瞬が、よりにもよって踊る聖闘士などを本気で好きになってしまったことにある』ということになっているようだった。 それは もしかしたら非常に正しい物の見方なのかもしれないが、それで瞬が責められるのは間違っている――と、氷河は思ったのである。 瞬には何の罪もない。 もし誰かが こうなったことの罪と罰を負うべきだというのなら、その務めに従事すべきは、どう考えても瞬ではなく、石にならざるを得ないほどの衝撃を瞬に与えた男の方だった。 「あー、あれはやってみたのか。魔法を解くお約束の、愛の口付けとやらは」 ここぞとばかりに 言いたいことをいってのける仲間に反駁もせず、つらそうに眉根を寄せた氷河を さすがに哀れに思ったのか、紫龍が星矢の話の腰を折るように提案してくる。 氷河は、もちろん、そんな非科学的な問題解決法に考えを及ばせてはいなかった。 が、そもそも瞬が石になってしまうという この事態が常識では考えられないことなのだ。 となれば、むしろ この場合はそんな解決法の方が有効なのかもしれないと思い、氷河は仲間の提案を試してみることにした。 力なく身を沈めていたソファから立ち上がり、微動一つ見せない瞬の前に立つ。 『瞬が石になった』というのは、他に適当な表現を見付けられないが故に使っていた比喩であって、瞬は本当に石像になっているわけではなかった。 身体が石の色になっているわけではなかったし、その質量にも変化はない。 瞬の身体はただ 柔軟さを失い、陶器でできたアンティーク人形のように動かぬものになっているだけだった。 人形の瞬は呼吸をしておらず、心臓の脈動がなく、血が通っているものの温かさも失われている。 唇は薄く開かれ、見開かれているように見える瞳には生気の輝きが全くない。 右腕は肘のところで曲げられ、その手は軽い拳を作って ほぼ心臓の上にあった。 氷河が、その唇に唇を重ねる。 そうして、待つこと1分。 残念ながら、奇跡は起こらなかった。 奇跡どころか、僅かな変化の一つも、瞬の身の上には現われなかったのである。 非科学的な問題解決法に多大な期待を寄せていたわけではなかったが、氷河の失望は大きかった。 「アルゴルの時は、アルゴルを倒すことで元に戻ったから――」 落胆を隠さない氷河に、星矢が、彼の記憶に残る類似事例を提示する。 さすがに星矢はその先は口にしなかったが、実際に彼に続く言葉を言われてしまっていても、氷河はその解決法を試みることはしなかったろう。 「瞬が元に戻っても、俺が死んでしまったら何にもならん。俺は生きて、生きている瞬と一緒にいたいんだ」 ――というのが、彼の望みだったから。 「勝手だなー」 星矢が、何もかもを自分の思い通りにすることを望む氷河の貪欲に呆れたように、低くぼやく。 瞬の命を救うために氷河が我が身を犠牲にするのは当然だという星矢の考え――というより、星矢はそうするのが当然だと感じているだけなのかもしれなかったが――は、ある意味では氷河に対する非常な冷酷だったろうが、それは星矢の正直な思いでもあったろう。 実際、瞬はそれをしたのだ。 かの天秤宮で、氷河のために。 氷河の忘恩を蔑むような目つきになった星矢をなだめるように、紫龍が彼を諭す。 「いや、しかし、氷河が死んでしまったら、たとえ元に戻れても、瞬は自分が生き返ったことを嘆くだけだろう。本当に瞬のためを思うなら、やはり氷河は生きているべきだ」 「それにしても、この忙しい年の瀬に……」 氷河は瞬のために自らの命を投げ出すべきだと、星矢は本気で思っていたわけではなかったらしい。 彼は簡単に自分が持ち出した案を放棄し、今度は全く別の視点から、この事態を憂い始めた。 年の瀬だからといって、金策に追われるわけでもなく、大掃除にいそしむわけでもない彼は、実際には少しも“忙しく”などなかったのであるが。 「ショック療法はどうだ。毒をもって毒を制すために、おまえがもう一度 瞬の前であの踊りを踊ってみるというのは」 星矢同様少しも多忙ではない紫龍が、また違う打開策を提案してくる。 氷河は、藁にもすがる思いで その提案を |