これはいわゆる超常現象である。
常識では考えられないことである。
非常識には非常識で対抗するのがいちばん――と考えたアテナの聖闘士たちが 次に頼ったのは、氷河と同等あるいは彼以上に非常識な存在であるところの彼等の女神だった。
瞬を抱えてアテナの許に行くわけにもいかなかった彼等は、畏れ多くも彼等の女神に 瞬のいるラウンジまでお出ましを願うことになったのである。

「まあ、これは……」
石になった瞬の姿を見て、沙織は息を呑み 絶句した。
非常識を極めた女神の感性をもってしても、この事態が非常識なものであることに変わりはなかったらしい。
星矢のいいかげんな説明を聞いて、彼女はいたましげにアンドロメダ座の聖闘士の石像を見詰めることになったのである。

「氷河のあのダンスにはメデューサの顔並みの破壊力があったということね」
「かっこいいと信じて惚れた男が、とんだ道化だったんだからなー。瞬は氷河をクールでスマートな王子様か何かみたいなもんと思い込まされてたみたいだったし、そりゃ、ショックだろ」
どうやら星矢は、どうあっても、すべての責任は瞬を騙していた男の上にあることにしてしまいたいらしい。
いちばん仲のよかった仲間を ろくでもない男に取られてしまった嫉妬のようなものを、彼は氷河に感じているのかもしれなかった。

子供らしい焼きもちを焼いている星矢に、沙織が困ったような苦笑を浮かべる。
「一応、古い文献を当たってみるけど、あまり期待はしないでね。参考になるような前例があるとは思えないから……。踊る聖闘士なんて、これまでいなかったでしょうし」
「いなかったと決めつけるのは早計でしょう。アテナの聖闘士の権威の失墜を恐れ、実際には存在したものの記録を誰も残そうとはしなかった――ということもありえます」

「氷河のように奇天烈な聖闘士が他にもいたかもしれないというの !? 」
そんなことは信じたくないと言わんばかりに、沙織がその声を甲走かんばしらせる。
それが、仮にもアテナと地上の平和を守るために命を賭けて闘ってきた一人の聖闘士を侮辱することだと気付いて、沙織はすぐに声のトーンを落とした。
「そ……そうね。確かにそういうことも考えられないわけじゃないわね。じゃあ、黄金聖闘士たちにも訊いてみましょう。彼等なら口伝えに何か聞いたことがあるかもしれないわ」

いかにも場を取り繕うためのアテナの言葉。そして、仲間たちの放言。
それらのものに、氷河は、当然腹を立てた。
だが、その怒りを表に出す力が湧いてこない――のだ。
こういう時、仲間たちの放言をたしなめてくれるのは いつも瞬だった。
その瞬が、今は、仲間たちの言いたい放題に眉をひそめることすらもせず、沈黙と無反応を守っている。
人形のように可愛らしいだけの瞬の前で、氷河は途方に暮れていた。






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