冬の夜が静かに更けていく。
ベッドに力なく腰をおろし、氷河はまんじりともせずに 通り過ぎていく時間の中に その身をただ置いていた。

あのクリスマスの夜より敬虔な気持ちになって、氷河は、彼がまだ生きていると信じている者の姿を見詰めた。
瞬がこんなことになってしまった原因が、本当にあれ・・を見てしまったせいだというのなら、その責任はどう考えても白鳥座の聖闘士の上にある。
瞬の目の前で あの踊りを盛大に踊ってしまったことではなく――それが瞬にとって尋常ならざる衝撃になってしまうように仕向けたことが自分の罪であり、過ちだったのだと、氷河は思った。

瞬を誰にも渡したくないという思いと、瞬に好かれたい、瞬の目をいつも自分だけに向けさせておきたいという願い。
そういう気持ちを抱くこと自体は、おそらく さほどの罪ではないし、そんな気持ちは誰の内にも生まれ得るものだろう。
だが、その願いを叶えるために、氷河は瞬の前で 実際以上に自分をよい人間に見せることをした。
優しい振り、寛大な振り、独占欲など感じてもいない振り、愛されたいのではなく愛しているだけなのだという振りを、氷河は瞬の前で装い続けた。

星矢の比喩を借りるなら、『クールでスマートな王子様』だったはずの男が、突然奇天烈な踊りを踊り始めたのである。
それは、瞬でなくてもただならぬ衝撃を受けるだろう。
変な見えを張らず、自然のままの自分を正直に瞬に示し、自分は変な踊りくらい踊りかねない男なのだということを、前もって瞬に知らせておけば、瞬は石になったりしなかったに違いないのだ。

まるで詐欺のような手管を用いて瞬を我がものにし、思いを遂げた後にも その詐欺行為を続けた男が、今こうして苦しむのは、まさに自業自得だと思う。
しいて瞬に非があるとすれば、それは、目の前にある嘘を嘘と見抜くことができずに信じてしまったことだけ。
その素直の報いがこれ・・だというのなら、神にはあまりにも慈悲の心がなさすぎるではないか。

悪いのは、瞬を手に入れるまでは手に入れることにばかり頭を使い、手に入れてからは、ずっと手許に置くことばかりを考えていた我儘な男の方なのだ。
(俺は、自分の望みをかなえることばかり考えて、そのための努力なら何でもしたのに、瞬のために何かをしてやろうと考えたことは一度もなかった……)
瞬が側にいてくれれば、自分が過去に失ったものすべてを瞬が埋めてくれると感じ、信じ、それゆえ氷河は瞬を求めた。
瞬のために自分が何をしてやれるのかなどということを、氷河はこれまでにただの一瞬たりとも考えたことがなかった。
考えたことのなかった自分に、氷河は、今になって気付いたのである。

「瞬……瞬……。俺は、それでも、おまえが好きなんだ。おまえがいれば、俺は生きていけると――」
呻くようにそう言いかけて、氷河は、こんなことになっても自分のことしか考えていない己れを心底から蔑むことになった。
今自分が考えるべきことは、自分が生きることではなく、瞬が瞬を取り戻す術なのに――と思う。
自分のことしか考えていない我儘な男が瞬を失うのは仕方のないことだろうが、そんな男のために瞬が瞬自身を失うことがあってはならないのだ。

「こんな俺だから、神は取りあげてしまうんだろうな。俺から、誰も彼もすべてを……」
神に奪われてしまった者たちの中でも、氷河にとって瞬は特別な存在だった。
それは望まなくても与えられた人ではなく、氷河が自ら欲し、努力をして手に入れた初めての人だったのだ。
その努力の内容が間違っていたにしても――である。

たった1週間の蜜月。
だが、それは、自分のことしか考えない我儘な男には十分すぎるほどに甘く、幸福な時間だった。
この1週間、氷河は得意の絶頂にあり、幸福の絶頂にあった。
幸福すぎることが彼の判断力を鈍らせ、調子に乗って、彼は踊ってしまったのだ。
あの、非常識極まりない踊りを。
そして、その軽率が、瞬から瞬を奪ってしまった――。

「……そうだな。何を迷うことがある。おまえをこんなふうにした男が死ねば、おまえは元に戻るんだ」
人に生かしてもらうことだけを考えていた男が、人を生かすために、その命を使う。
それはいい死に方で、最後に何かを得ることのできた有意義な生き方でもあるのかもしれない――。
そう考えて薄く微笑し、氷河は、今は石のように動かない瞬の瞳を見詰めた。
その瞳が今にも泣き出しそうな様子をしているように見えたので、氷河は心の中で瞬を悲しませることを瞬に詫びたのである。
それから氷河は、岩をも砕くその手を刀の代わりにして、それを己れの心臓に突き立てた。






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