「氷河っ、わかったぜ、瞬を元に戻す方法がっ!」 翌朝ノックもせずに氷河の部屋に飛び込んだ星矢は、そこで想像だにしていなかった場面を目にすることになった。 すなわち、瞬を元に戻す方法をまだ実行していないというのに、既に動かぬ石ではなくなっている瞬の姿と、崩れ落ちた遺跡跡にある古代の石像彫刻のように床に倒れている氷河の姿とを。 床に仰臥している氷河の横に跪いている瞬の頬は蒼白で、その表情は、物言わぬ石像でいた時よりも硬く強張っていた。 「瞬……? おまえ、どうやって元に――」 瞬は、もうかなり長いこと、氷河の傍らで呆然としていたらしい。 星矢に名を呼ばれて初めて、瞬はその唇をぎこちなく動かした。 「氷河が……氷河が、自分で心臓を突いて……動かないの……動いてないの……!」 氷河が死にかけることなど、紫龍が死にかけることより珍しいことではない。 それでも瞬が、ありふれたその事態に我を失い、為す術すら失っているのは、それが瞬のために行なわれた死、氷河が自ら選んだ死だったからなのだろう。 「心臓を突いて……?」 氷河の身体から血の気が失われていることは星矢にもわかったのだが、星矢は瞬とは逆に、仲間の死を知っても驚き慌てることができなかった。 氷河が死に慣れている男だということを知っているから――ではない。 『心臓を突いて』と瞬は言ったのに、そこにはただの一滴も血の色をしたものが存在しなかったのだ。 星矢に少し遅れてその場にやってきた紫龍が、変わり果てた氷河の姿とその周囲の様子を見て、低く呟く。 「これは……心臓を凍りつかせたんだな。内側から自分をフリージング・コフィンの中に閉じ込めたんだ」 「ああ」 紫龍に言われて、星矢は、血の一滴も流さずに氷河が死んでいる訳を理解する。 同時に、これは完全な死ではないことも。 だが瞬は すっかり我を見失い、その事実にすら気付いていないようだった。 ただただ呆然としている瞬の肩を、紫龍が力を込めて揺さぶる。 「瞬、しっかりしろ! どうすれば氷河を蘇らせることができるのか、おまえは知っているだろう」 「あ……そ……そう。そうだよ。氷河は死んでない。大丈夫。氷河は――」 まるで自分に言い聞かせるように呟いて、氷河の上体を抱き起こし、瞬が、その両腕でしっかりと氷河の身体を抱きしめる。 そうすることで、瞬は幾分冷静さを取り戻したようだった。 瞬の頬に僅かに血の気が戻り、その唇が固い決意を示すように強く引き結ばれる。 その様を見て、星矢もまた、安堵の胸を撫でおろしたのである。 「んじゃ、氷河が生き返ったらラウンジに来いよ。ゆっくりでいいからな。間違っても氷河をお姫様抱っこなんかするんじゃないぞ。せっかく生き返った奴が、また世を はかなみかねないからな」 瞬に軽い口調でそう告げると、星矢は紫龍を促して氷河の部屋を出た。 彼にしては神経細やかな忠告を仲間に垂れてみせた星矢に、紫龍は苦笑せずにはいられなかったのである。 紫龍が何を笑っているのかを理解していない星矢は、ラウンジに戻ると、改めて 仲間に心配顔を向けてきた。 「大丈夫かな、瞬の奴」 「大丈夫だろう。これが初めてじゃない」 紫龍は、今度ははっきりとした笑みを その目許に刻み首肯した。 星矢が、それで、心を安んじたような顔になる。 「しかし、氷河の奴、なんで心臓を凍りつかせるなんてことしたんだ?」 「他にやりようがなかったんだろう。奴が命を投げ出すことで瞬が元に戻れたとしても、そこが血の海だったら瞬がショックを受ける。瞬はまた石像に戻りかねない」 「あ、そっか……」 紫龍の解説を聞いた星矢は、それで初めて合点のいった顔になった。 「瞬のためを思ってしたことが、結果的に氷河を救うことになったわけだ」 「いい結末だな」 紫龍が、独り言のように、だがしみじみと呟く。 星矢もそれには同感だった。 瞬の愛の小宇宙に勝る力は存在しない。 氷河はもちろん蘇生した。 |