瞬の小宇宙の力によって蘇った氷河が、そこで瞬とどんなやりとりをしたのかを、星矢たちは彼等に尋ねようとはしなかった。
おおよそ察しはついたし、星矢たちにはそれより先に、氷河と瞬に知らせなければならないことがあったのだ。
つまり、瞬が突然石像になってしまった本当の理由を。

「沙織さんが突きとめてくれたんだけど、瞬が石になったのって、氷河の踊りのせいじゃなかったんだ。元凶はアフロディーテ――というより、やっぱり沙織さんのせいかな」
「どういうことだ」
もしアテナがあの踊りを踊ることがあったなら、『デリケート』や『繊細』とは無縁の聖闘士でも石にはなるだろうが、瞬が石になった場所に沙織はいなかったし、氷河も瞬も あの時はアテナの小宇宙すら感じていなかった。
氷河が訝るのは当然である。

問われた星矢は、氷河の疑念に微妙に歪めた表情だけを返した。
経緯の説明は紫龍の役目である。
「つまり、今年のクリスマスは、沙織さんがアテナとして聖域に降臨して最初に迎えたクリスマスだったんだ。黄金聖闘士たちは例年ならクリスマスには聖域でどんちゃん騒ぎをしていたらしいんだが、さすがにアテナのいる聖域で他の神の生誕を祝うイベントを催すことは はばかられた。だから彼等は、今年のクリスマスを聖域ではなく、それぞれ別の場所で祝ったんだ」
あの黄金聖闘士たちにそんな常識的な気配りをするだけの神経があったことを、正直氷河は意外に思った。
が、アテナの機嫌を損ねたらどうなるかを承知しているからこそ、彼等は黄金聖闘士の地位を保てているのかもしれないと、彼はすぐに考え直したのである。

「黄金聖闘士たちにしてみれば、それは当然の配慮で、わざわざ公言したり相談し合ったりするようなことではなかった。ゆえに当日は誰も何も言わずに三々五々聖域を出た。ところが――」
「アフロディーテだけが、そういうことに全く思い至らなかったらしくて、一人だけ聖域に残ってたんだよ。でも、いつまで待ってもどんちゃん騒ぎは始まらねーし、様子を見に他の宮に行ってみたら、聖域の黄金聖闘士たちは全員出払ったあとだったわけ。で、アフロディーテは、他の黄金聖闘士たちが示し合わせて自分を仲間外れにしたんだと思い込んだんだ。他の日ならともかく、クリスマスイブに一人だろ。アフロディーテの奴、すっかり腹を立てて、とんでもない技をぶちかましたんだと」

「技――とは……」
「技っていうより呪いだな。イブの夜に恋人といかがわしい行為に及んだ聖闘士はみんな 石になっちまえって呪い。おまえが無事で 瞬だけがああいうことになったのはアフロディーテの技が未熟だったからだろうけど、どっちにしても、聖なる夜にいかがわしい行為に及んだ聖闘士はおまえたちしかいなかったんだよ。黄金聖闘士たちはみんな、あちこちで大酒くらって酔いつぶれてたらしい」
全く色気のない黄金聖闘士たちに呆れたように、星矢は両の肩をすくめた。
星矢に呆れられてしまっては、黄金聖闘士たちも立場がない。

「バラを投げるしか能がない奴だと思っていたのに、腐っても黄金聖闘士だな。んな芸当ができるなんて。今朝、沙織さんが、アフロディーテにお仕置きするって息巻いてギリシャに飛んでったぜ」
「ギリシャ神話では、アフロディーテと同じ名の女神が、その力で石像のガラテアを人間にしているから――その逆の力が彼にあっても不思議ではない……かもしれない」
そう告げる紫龍は、あまり自信はなさそうだったが、ともかくそれが事実なのだから仕方がない。

「奴の薔薇園のバラの香りを嗅げば元に戻る呪いだったらしいんだけど……。瞬はなんで元に戻ったんだろうな」
「まあ、それは氷河の愛の力ということで」
独力で呪いを解いてのけたのが氷河なので素直に納得できないところはあったが、それは物語の一つとしては実にありがちな展開と結末である。
星矢は、紫龍の解説に、とりあえず納得する素振りを見せた。






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