問題の中学生は、通りに面した窓際から最も離れたところにあるテーブルに着いていた。
その上にはノートと辞書とテキストが広げられており、本来はそのテーブルの主役であるはずのティーカップは隅の方に押しやられている。
では そのテーブルの上を占めている紙類が彼の注意を引いているのかといえば そういうわけでもなく、彼の視線は、瞬がこの場に現れた時からずっと瞬の上にだけ注がれていた。――もちろん、氷河はその視線に気付いていた。

店内に当事者以外の者がいなくなると、瞬は自分のお茶にはほとんど手をつけないまま、問題の中学生の座っているテーブルへと場所を移動した。
そして、窓際の席に着いている氷河を視線で示し、
「あの……僕の友だち」
と、極めて簡潔な言葉で、彼の連れを紹介した。
その紹介を受けて、氷河が中学生をぎろりと睨みつける。

年齢不詳というなら、それは氷河も瞬と変わりなかった。
瞬と同じ10代なのに、瞬と違って体躯も態度も控えめとは言い難く、目付きは“和やか”とは ほど遠く、その上、金髪碧眼。
相対的に童顔小柄の多い日本人の中に混じると、立派な大人どころか、へたをすると実年齢より10歳以上 年かさに見られることもあるほどだったのだ。
そんな得体の知れない男に睨まれて、普通の中学生が落ち着いていられるはずがない。
もちろん彼は、氷河の睥睨に出合うと、途端に全身を緊張させた。
善良な一般市民を鼻で笑うように、氷河が瞬の紹介内容を訂正する。

「恋人だ」
「そんなんじゃありませんっ」
氷河の言を瞬は即座に否定したが、くだんの中学生は、氷河と瞬が揃ってこの店に姿を現した時には既に この結末を予感していたらしい。
彼は、力ない口調で、
「そっか……」
と言ったきり、そのままテーブルの上のノートの上に視線を落としてしまった。

その展開には、むしろ氷河の方が意外の念を抱くことになってしまったのである。
苦労知らずの中学生とはいえ、仮にも瞬に好意を抱いた人間が、なぜこんなにも簡単に瞬を諦めてしまうことができるのか、氷河にはどうにも合点がいかなかった。
それは氷河にとっては願ってもない結末だったというのに、氷河は、瞬を馬鹿にされているような気にさえなってしまったのである。

「だいたい、ガキのくせに毎日こんな店に通ってオベンキョーなんて 生意気なんだ。図書館にでも行けばいいのに」
本来なら氷河には好都合であるはずの中学生の諦めのよさに 腹立ちを覚え、氷河は彼が腰をおろしていた椅子から立ち上がった。
瞬と中学生が着いているテーブルの脇に立ち、ほとんど言い掛かりとしかいいようのない言葉を、手応えのない恋敵に言い放つ。
不甲斐ない恋敵は、顔を俯かせたままで、それでも氷河に反駁してきた。

「図書館だと、同じ学校の奴等に会うかもしれない」
「何か問題があるのか」
「勉強してても成績悪いって馬鹿にされるだろ。家にいると、親が勉強しろってうるさくて勉強できないし、だから俺、いつもこうやって色んな店のハシゴしてるんだ」
それは彼にとっては理の通った行動であるらしい。
が、氷河は呆れた。
そして、なぜこんな馬鹿な子供が瞬と関わりを持つことになったのかと、天の采配を疑うことになったのである。






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