「ふーん、そういうこと。一輝兄さんが知ったら、激怒するだろうなー。お気に入りの瞬が、よりにもよってオトコなんかとそんな仲になってるなんて」 ぎこちない恋人同士の間に、ふいに皮肉な調子の声が割り込んでくる。 『嘘から出たまこと』ということわざは、実際にそういうことがありえるから できたことわざであるらしい。 いつのまにか開けられていた瞬の部屋のドアの前に 僅かに口許を歪めたクロが立ち、彼は、断りもなく兄弟の間に割り込んできた不作法な男と それを許した同い年の兄の姿を、不愉快そうに睥睨していた。 氷河が、瞬の頬に添えていた手をゆっくりと離す。 それから彼は――彼もまた不愉快そうに――恋人同士の間に割り込んできた無粋な瞬の弟を睨みつけた。 「ノックくらいしろ」 そんなふうに 目に見えない火花を散らし合っているような二人の間で、瞬がひとり、気弱に眉根を寄せることになってしまったのである。 「クロちゃん……一輝兄さんに言うの?」 瞬の声には、言外に、兄には言わずにいてくれという懇願が含まれていた。 だが、氷河には逆に、それこそが彼の望むところだったのである。 「知らせてくれるなら、俺としてはありがたい。一輝公認になれたら、瞬ももう少し解放的になってくれるだろう」 「氷河……」 瞬の視線がクロの上から氷河の上へと移動し、それはひどく切なげなものになった。 『まだ、いや』なのは兄のせいではないのだと、瞬の瞳は訴えている。 「――そういう意味じゃない」 クロの脅迫には泰然と構えていられた氷河も、瞬のすがるような眼差しには平然としていられない。 彼は慌てて瞬の誤解を打ち消した。 「わかっている。一輝に知れたら一悶着起きることは」 そうして一悶着が起きたなら、家族と恋人の間で最も思い悩むことになるのは、他の誰でもない瞬なのだ。 一輝と悶着を起こすにしても、それは瞬には気付かれない場所で秘密裏に行なわれなければならないことを、氷河は十二分に承知していた。 そんな二人のやりとりを見て、クロが刺々しい言葉を吐き出す。 「清らか〜な瞬ちゃんには、キスがせいぜいってわけか。大変だな、おまえも。同情するよ」 「クロちゃん……」 言葉とは裏腹に、クロの眼差しには氷河への同情心のかけらも浮かんでいなかった。 |