1年間だけの専属契約の契約金は申し分のないものだった。 むしろ、法外に高額だった。 それも当然のこと。某有名大手アパレルメーカーはその契約金で、1年分の瞬のプライベートまでを買い取ったのだった。 テレビCMやWEB上に瞬の顔が現れない日はなく、雑誌や新聞広告に瞬の写真が載らない日の方が珍しい。 目を覆いたくなるような惨状と倒れないのが不思議なほどの多忙を、瞬が何とか耐えることができたのは、顔と服は売っても瞬のプライバシーは完全非公開という、そのPR方針のためだった。 外見の他には、『シュン』という名前と身長のみが、大衆に与えられた瞬に関する情報のすべてだった。 本名や経歴、スリーサイズや体重等、性別を判断する キャッチコピーは『神秘の 大衆は、男だ女だ半陰陽だ、いや性転換した男だ女だと、勝手な憶測を並べ立てて盛り上がり、『シュン』という珍しい玩具で遊ぶことに歓喜していた。 顔を売るのが仕事でなかったら、瞬は恥ずかしさの余り世を拗ねて いずこかに引きこもってしまっていたに違いない。 『シュン』の秘密を守るために、瞬は教会に戻ることも許されず、厳重なセキュリティシステムの完備されたマンションの一室を与えられて、撮影等の仕事に出る時以外は1年間そこに閉じ込められることになっていた。 広告代理店とそのクライアントが瞬にこだわり続けたことにも、無理からぬ事情があった。 瞬は、世界中から あらゆる手段で集められた1万人以上の候補者の中から選ばれた、『最も性別のわかりにくい人間』だったのである。 いずれにしても、瞬の起用は当たり、製品は大いに売れているようだった。 過剰な装飾のないユニセックスの洋服は、購入者の性別を選ばず、購買層の年齢も幅広い。 品質がよく、値段は適正で、消費者の選択肢のひとつとして認識されることに成功しさえすれば、売れて当然のもの。 つまり、某大手有名アパレルメーカーの新ブランドが成功するか否かは、イメージモデルの双肩にかかっていたのだ。 契約当初には予定していなかった『シュン』のキャラクター商品が爆発的に売れるという余禄もつき、瞬は契約金の他に多額の金を教会に入れることができた。 だからこそ瞬は耐えることができたのである――耐える気にもなったのだった。 |