彼の服装が服装だったので、瞬は普通にホテルのレストランに入ることができなかった。 致し方なく、瞬は、幸い予約の入っていなかったレストラン内の個室を借りることにしたのだが、大衆の玩具にされている人間が、いかにも怪しげな風体の男と語らうには、むしろ他人の目や耳のない そういう場所の方が好都合だったのかもしれない。 金髪の青年は氷河と名乗った。 ある日気がつくと記憶を失い、シベリアにいた――という。 「シベリアの誰も住んでいない小屋でしばらく暮らしていたんだが、ある日 そこに役人らしい男が来て、就労ビザも在留資格も持たない俺にはロシアにいる権利はないと言いだしたんだ。そして、日本への強制送還を食らった。よくわからないんだが、日本に俺の戸籍があったらしい」 素人の書いた小説でも、もう少し筋が通っているだろうと思えるような身の上を、彼は瞬に語ってくれたのだが、彼は本当に我が身に起こったこととその理由がわかっていない様子だったので、瞬は逆に彼の言葉を信じる気になったのである。 「船で富山の伏木港に送られ、下船後その港に放っぽり出されて、どうしたらいいのか途方に暮れていたら、おまえに会った」 「僕?」 もちろん瞬はそんなところに行ったことはない。 ちょっとした外出もなるべく控えるようにと言われている瞬は、国内旅行どころか、この半年は東京を離れたことすらなかったのだ。 実際、氷河が伏木港で出会ったのは生身の瞬ではなかったらしい。 「港のターミナルビルに、おまえのポスターが貼られていたんだ。それを見たら、どうしてもおまえに会いたくなって、ここまで来た」 氷河は、瞬の名を知らなかった。 もちろん、遠いロシアから日本にやってきたばかりの彼は、そのポスターの主が何をしている人間なのかも知らなかっただろう。 会ったことはもちろん名も知らない相手のために、なぜ彼はそんなことをする気になったのか。 その訳を瞬は氷河に尋ねたくてたまらなかったのだが、そうしたところで彼から明確な答えは得られそうにないことはわかっていたので、瞬は別の質問を彼に投げかけた。 「あの……不躾なことを聞くけど、お金は持ってたの? 日本にはヒッチハイクなんていう文化はあまりないし、いったいどうやって……」 「歩いてきた」 「歩いて……富山から !? 」 普通の人間なら飛行機で移動する距離である。 氷河があっさり言ってのけた言葉に、瞬は驚き呆れてしまった。 身に着けている服も突飛なら、彼は、その行動も常人のそれではない。 瞬は、つい まじまじと氷河の姿を見詰め、 「そういえば、そのかっこで よくあのホールに入れてもらえたね……」 と、今更なことに驚嘆した。 |