為せば成る






例年より ひと月も遅い初雪と共に 氷河が日本にやってきたのは、つい昨日の夕方のこと。
新しい年を迎えた頃から、今年の冬は東京には雪が降らないかもしれないと各メディアが地球の温暖化を憂えていたところに 雪と共に登場した白鳥座の聖闘士を、彼の仲間たちは もちろん大いに歓迎した。

ところが、ほぼ1年ぶりに仲間たちの前に顔を出したと思ったら、彼はたった一晩を城戸邸で過ごしただけで、今日の飛行機でシベリアに帰るという。
いったいおまえは何をしに日本に戻ってきたのかと、星矢が彼の行動の不可解を問い質すことになったのは、至極当然のことだったろう。

「アテナと地上の平和を脅かす敵が現われたら、すぐに飛んでくる。そうでない時には、俺は日本には年に1度しか来ないことに決めたんだ」
氷河の返答を聞いて、星矢の疑念が氷解することは、もちろん なかった。
むしろ彼は、氷河の答えを聞いて、ますます訳がわからなくなってしまったのである。

シベリアに関する星矢のイメージは、ほぼ純白。それは雪と氷と白クマでできていた。
その極北の地には、うまいラーメン屋もなく、気力体力が充実している青少年が思い切り遊べるような施設もない。
アミューズメントパークや映画館やゲームセンターはもちろん、コンビニすらないのだ。
そんなところで 1年のうちの364日間を過ごして、氷河は何が楽しいというのだろう。
なにより そこは、彼の仲間たちから遠く離れた温もりのない場所ではないか。

「瞬、この友だち甲斐のない馬鹿に何とか言ってやれよ! 前はうるさいくらい おまえにまとわりついてたのに! 久し振りに帰ってきたと思ったら、仲間と旧交を温める間もなく真冬のシベリアに戻るなんて、馬鹿だろ、ただの!」
頑固なまでに凍りついた氷河の意思を 自分では変えられそうにないことを悟った星矢が、その役目に最も適していると思われる仲間に、氷河の糾弾という作業を引き継ごうとする。

帰るの帰らないので揉めている仲間たちから少し離れた場所に 心許なげな様子で佇んでいた瞬は、しかし、星矢が彼に委ねようとした仕事を引き受けようとはしなかった。
代わりに、瞬は、切なそうに眉根を寄せ 顔を伏せてしまったのである。

自分の要望を聞き入れてくれない氷河と瞬に いきり立ちかけた星矢を制止したのは、それまで無言で仲間たちのやりとりを眺めていた龍座の聖闘士だった。
「星矢」
「なんだよ!」
気の立ったサルのように頬を膨らませている星矢に、紫龍が低い声で耳打ちをする。
「夕べ、氷河は瞬の部屋にいたんだ」
「へ?」
「朝までずっと」
「そ……それって」
「世間話をしていたわけではないぞ、おそらく」

馬鹿げた補足説明を聞かされても、星矢は紫龍を怒鳴りつける気にはならなかった。
それほどに、星矢は、彼から知らされた事実に驚いたのである。
氷河は――少なくとも1年前までの氷河は――確かに瞬に特別な感情を抱いているように見えていた。
星矢はそうなのだと思っていた。
だが、星矢が、同性同士で聖闘士同士である二人の恋はいったいどうなるのかと内心はらはらしているうちに、氷河はふいにシベリアに引きこもってしまった。

これは、氷河が瞬に振られたか、あるいは振られる前に諦めてしまったか、そのいずれかなのだろうと、星矢は思っていたのである。
それが、よもやまさか朝まで二人きりで同じ部屋で過ごすほどの仲になってしまっていたとは。
星矢の驚きは自然にして当然かつ必然のことだったろう。
そして、そうなのであれば なおさら、氷河がシベリアに引きこもる理由が、星矢にはわからなかったのである。

「おまえさ、マーマの墓守りしてるのもいいけど、もう少し生きてる人間のことも考えろよ! おまえがいない間、瞬がどれだけ寂しそうにしてるか、おまえ、知ってんのか!」
氷河のいない城戸邸で、瞬がいつも寂しげに窓の外ばかり眺めている理由。
それは、氷河の気持ちに応えられないことで仲間としての氷河をも失ってしまったことを、瞬が嘆いているからなのだと、実は星矢は思っていた。
だが、事実はそうではなかったのかもしれない。
瞬は恋人としての氷河と離れていることを嘆いていたのかもしれない。
ならばなおさら、自分は氷河を日本に引きとどめておかねばなるまいと、星矢は妙な義務感に燃えて、氷河を糾弾した。

「俺は、瞬のために――瞬を傷付けないためにそうすると決めたんだ!」
そんな星矢の上に、星矢よりも苛立った口調の氷河の怒声が降ってくる。
氷河の剣幕に、星矢はきょとんとしてしまったのである。

大した用があるわけでもないのにシベリアに引きこもり、瞬を悲しませている白鳥座の聖闘士。
どう考えても、瞬に対して無慈悲な振舞いをしているのは氷河の方で、氷河以外の誰にも、彼に怒鳴りつけられるような非はない。
ラウンジの壁や家具を揺らすほどの大声で仲間に反論する権利は、氷河にはないはずだった。

それが、この堂々たる自己弁護。
まるで世界のすべてに腹を立てているように眉を吊り上げている仲間に、星矢はあっけにとられてしまったのである。






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