氷河の怒声が作り出した木霊が消えてしまっても、瞬は無言で俯いているだけだった。 瞬が、仲間を欠いた場所に自分が取り残されている状況を喜んでいないことは、火を見るより明らかである。 だいいち、氷河の言う『瞬のために年1回』とはどういうことなのか。 根性で気を取り直した星矢は、無慈悲な男を責めることができずにいるらしい瞬に代わって、不屈の闘志で氷河に噛みついていった。 「おまえがシベリアで墓守りなんてジジくせーことして、瞬を悲しませてるのは事実だろ! おまえは、瞬より死んだ人間の方が大事なのかよ! おまえはただの似非クール野郎だと思ってたのに、実はクールを通り越した冷血漢だったのか!」 氷河が引きこもりをやめてくれなければ、瞬は、この1年間そうしていたように、これからも仲間たちに心からの笑顔を見せてくれることはないだろう。 瞬のために、そして 瞬の本当の笑顔を見ることができなくなってしまった瞬の仲間たちのために、星矢は、氷河の意思を変えるべく、彼を責め続けなければならなかった。 そこにまた、氷河の思いがけない言葉が降ってくる。 「瞬の方が大事だ!」 仲間を糾弾し続ける天馬座の聖闘士に向かって、氷河は実にきっぱりと そう言ってのけたのである。 それがあまりに力に満ちた断言だったので、星矢は今度こそ、反駁の言葉を失ってしまったのだった。 そこに、星矢の窮状を見兼ねたかのように、女神アテナが登場する。 彼女は、場の空気が読めているのか いないのかが 今ひとつわからない自然さで、氷河の今日の帰郷が不可能になったことを彼に告げた。 「今日は大雪のため、飛行機は飛ばないそうよ。氷河は、もう1日こちらにいらっしゃい。1日どころか、へたをすると今日から数日間、空港は閉鎖されたままになるかもしれないんですって」 沙織の言葉に、氷河が僅かに瞳を見開く。 しかし、さすがに天候やアテナに毒づくことはできなかったのか、彼はそのまま唇をきつく引き結んで沈黙を守ることになった。 沙織の知らせに顕著な反応を示したのは、氷河ではなく瞬の方だった。 瞬は、沙織の言葉を聞くと、途端に頬を青ざめさせて、 「そんなっ!」 と、アテナに向かって抗議の声をあげたのである。 それは、星矢には意外極まりない反応だった。 「瞬……。おまえ、氷河が側にいるのが嬉しくないのかよ? いつもあんなに氷河のことばっかり気にしてんのに」 瞬が寂しいのは 瞬の側に氷河がいないからなのだということを、星矢は誰よりもよく知っていた。 毎日あまりに心細げにしている瞬を力づけようとして その肩に手を置いた時、瞬に振り向きざまに氷河の名を呼ばれたことは1度や2度ではない。 瞬は氷河がいないから寂しいのだ。 星矢はその事実を確信していた。 星矢に問われた瞬が再び、項垂れるように俯く。 「いいんだ。氷河は僕のためにそうしてくれてるんだから……」 消え入りそうに小さく力のない瞬の呟き。 星矢には、氷河と瞬の事情が全く理解できなかった。 |