「あったま いてぇー。でも、そーゆーのって可能なのか? ビョーキなんじゃねーの?」 言葉の綾ではなく、星矢は本当に頭痛を覚えていた。 その頭痛に耐えながら、星矢が素朴な疑問を口にする。 氷河の病気を心配しているというよりは、むしろそれがただの病気であってほしいと思っているような口振りだった。 病気なら、治療すれば治るのだ。 残念ながら、星矢の期待は、紫龍によって超新星のごとく砕け散らされてしまったが。 「病気ではないな。会陰尾骨筋を鍛えれば、男子は自分の前立腺を抑制することができるようになる。つまり、性エネルギーのコントロールを自分の意思でできるようになるわけだな。1時間勃ちっぱなしというのも、無論可能なことだ。普通の人間は、そんな筋肉まで鍛えようとはしないし、セックスにそんなに時間をかけようとも思わないから、しないだけだ。時間が勿体ないじゃないか」 「うへ〜」 そんな部分の筋肉を、果たして氷河が意図的に鍛えたのか、聖闘士になる修行の間に自然に鍛えられてしまったのかは わからないし、知りたくもなかったが、ともかく氷河が普通の人間ではないという紫龍の見解には、星矢も素直に頷くことができた。 身体がそういうふうにできていて、心は身体以上に瞬を求めている――となったら、もはや氷河に快癒の見込みはない。 「瞬は死にかけた」 恐ろしいことを、氷河は低く くぐもった声で呟いた。 そして、そんなことになるとわかっていても、彼は瞬を求めることをやめられないらしい。 「駄目なんだ。瞬を見ていると、自分が抑えられなくなる。俺はもともと異様に独占欲が強い。嫉妬深い方でもあると思う。もし俺が瞬の求めに応じなかったせいで、瞬が俺以外の誰かを代わりにしようとしたりしたらと思うと、嫉妬で身体が焼かれそうになる。そんな俺が瞬の側にいたら、俺はいつか必ず瞬を殺してしまうだろう。だから――」 「だから、年1?」 氷河に確認を入れた星矢は、真剣な顔で彼に頷かれ、それこそ死にたくなってしまったのである。 瞬の364日間の苦悩が、そんな馬鹿げたことのためだったとは。 その“馬鹿げたこと”が、人の命に関わる深刻な問題であることが、星矢の頭痛を更に激しいものにした。 「夕べは、一晩だけで済んだようだが」 あまりに壮絶な氷河の告白に、星矢同様頭痛を覚えているらしい紫龍が、事態解決の糸口を探るように氷河に尋ねる。 氷河の答えは、だが、決してそこに明るい希望を見い出せるようなものではなかった。 「夕べは、おまえらも沙織さんも 「う……」 こうなると、肉体が精神の器なのか、精神が肉体の器なのか、恋をしているのは二人の心なのか肉体なのか、そんなことさえもわからなくなってくる。 否、あるいは人間の肉体と精神は やはり不可分にして同一のものなのかもしれなかった。 「で……でもさ、そんなにされたら、瞬だって気を失うとかするだろ? おまえだって、意識のない瞬をどうこうしようとは思わないだろ? そこまで動物的な欲望だけで瞬と寝るわけじゃないよな?」 「おまえは、瞬も聖闘士だということを忘れている」 「瞬の奴、そこまでされて、失神もしねーのかよ!」 それまで、氷河だけが異常で氷河だけに非があると思い込もうとしていたらしい星矢の声に、初めて瞬への非難が混じる。 氷河は、自分はともかく、瞬が責められることは容認できなかったらしく、即座に星矢に反駁してきた。 その声は、力ないものではあったが。 「正気は失っているかもしれない……。だが、瞬は――それは瞬に非のあることか?」 「それは、まあ……瞬を責めるのはかわいそうだけどさ……」 「だから、会うのは1年に1度、1日だけにしようと、二人で決めた。それだけなら――1日熱中するだけなら、俺も瞬を殺すことはないだろうと思ったんだ」 「おまえら、極端すぎるんだよ!」 「俺は俺の欲望で瞬を殺したくないんだっ!」 氷河の反駁は悲痛な響きだけでできている。 彼の嘆きの内容はともかくも、氷河と瞬の心情を考えれば、それは確かに悲痛な事態ではあった。 「まあ、自らの欲望を抑えることができてこそ、人間は人間なわけだからな。 痛ましい恋人たちのために、紫龍が低く告げる。 二人の逢瀬を年に1度と定める欲望のコントロール方法が最良のものであるかどうかはともかくも、氷河と瞬の苦悩は、彼等が人間であるからこそ生まれてくる苦悩なのだ。 二人がホモ=サピエンスでなかったら、そもそも彼等は自らの過剰な性欲に悩むことはなく、それ以前に恋に落ちることもなかったはずだった。 |