瞬が人間だということについては、星矢も異論はなかった。 しかし『地上で最も清らか』をキャッチフレーズにしている瞬が、命を危険にさらすほどの肉欲に溺れる図というのが、星矢には想像することすら困難なものだったのである。 氷河の言葉を疑うわけではないが、氷河の告げた言葉がどこまで真実なのか、二人の認識に齟齬はないのかを確かめるために、星矢と紫龍は、瞬を見舞いがてら瞬の部屋へと向かったのだった。 瞬は既に意識を取り戻し、ベッドの上に上体を起こしていた。 何をするでもなく ぼんやりと虚空を見詰めている瞬の様子は、氷河がシベリアにいた時のそれとあまり変わらない。 氷河と触れ合えるところにいるのでなければ、瞬には、氷河のいる場所がどこでも同じなのかもしれなかった。 「氷河に聞いたんだけど」 言いにくそうな星矢の様子で、瞬はすべてを悟ったらしい。 頬を真っ赤に染め、それから瞬は力なく項垂れた。 「僕……は、どっかおかしいんだ。氷河に触れられると――氷河が僕の中に入ってくると、二度と離したくなくなって、ずっと僕の中に氷河を閉じ込めておきたくなる。氷河が僕から離れると、僕、その時には自分のすべてを氷河に持っていかれちゃうような気になるの。僕自身がからっぽになる……」 「死にかけたってのは、ほんとなのかよ? え……と、1年前?」 「食事をとるために離れるのもつらかったから……」 星矢の頭痛はますますひどくなった。 どうやら氷河の告げた言葉には誇張の一つも含まれていなかったらしい。 瞬が語る話の内容は、氷河の凄まじいのろけを いちいち裏打ちするものだった。 「4日目には、さすがに体力が続かなくなって、意識も朦朧としてきて……このままじゃ死ぬって思った。でも、氷河と離れるのは 身体が引き裂かれるみたいにつらくて、けど、氷河と離れたら、やっぱり僕は死んでしまうと思った。僕はもうどうすればいいのかわからなくて、でも、その日 ちょうど星矢がギリシャから帰ってきてくれたの。それでなんとか、僕たちは、この世界は僕たちだけでできているものじゃないってことを思い出すことができて――」 それで、二人は命拾いをしたというのだろうか。 瞬が口にする言葉は、氷河のそれよりは はるかに“綺麗な”表現を用いたものだったが、星矢は氷河よりも むしろ瞬の方に病的なものを感じてしまったのである。 病気なら仕方がないと、思いたいだけだったのかもしれなかったが。 「なあ、それ、色情狂とかいう病気で、おまえ、実は氷河でなくてもいいんじゃねーか?」 「氷河でなきゃいやだ!」 氷河以外の人間と それを試してみたこともないくせに、瞬はきっぱりと言い切った。 実際、この1年、瞬は一人でいられたのだから――氷河以外の誰かと そういう行為に及んだ気配はなかったのだから――瞬の断言は事実その通りなのだろう。 瞬の病気には、“氷河との恋”以外の病名はない。 それは すなわち、瞬にはつける薬も治療法もないということだった。 「星矢。そう瞬をいじめるんじゃない。もし瞬がそういう病気なのだとしても、氷河の代わりが務まるような男が そうそういるとも思えない」 「まあ……そんなのが氷河以外にもいたら嫌すぎるけど」 瞬の毒になるのも薬になれるのも氷河だけ――という、紫龍の見解には、星矢も頷かないわけにはいかなかった。 氷河の語る凄まじいのろけを聞いている間、実は星矢の中には、『いったい瞬とのそれはそんなにもいいものなのか』という疑念が生じていた。 それを確かめてみたいという好奇心がないでもない。 だが、ここで氷河の代わりを買って出て、瞬とその行為に及び、フツーに事を為して、瞬に「もう終わり?」などと言われた日には、再起不能に陥ること必須。 そう考えると、とてもその無謀に挑む勇気は持てない。 瞬が氷河だけを求めているということは、ある意味では、世界中の男たちにとって幸運なことなのかもしれなかった。 何はともあれ、とにもかくにも、氷河と瞬が好き合っていながら共にいることができないのは、死んでしまった人間や瞬の兄が原因ではない――ということだけは、事実のようだった。 |